ハートフルコーチの泣き笑い日記

日々の発見やつぶやきなど。

「ちゃんと」


ワカメんからバトンを受け取りました、川崎在住の杉本です。
子どもを信頼して見守ること。なかなか忍耐のいることですよね!
しかしながら親にとって、子どもの成長した姿を見られることほど、
嬉しいことはありません。
「辛抱の甲斐があった!」という気持ちにとても共感しました。

さて私は、日頃の自分を振り返って、
意外とやれてなかったかも・・ということについて書きます。

5月のある日。
遠足か社会科見学でしょうか。どこかに出かける小学校低学年くらいのこどもたちと、電車に乗り合わせました。あまり電車には乗り慣れていない様子で、
電車が揺れるたびに、「ほらぁ、おまえのリュック邪魔なんだよ」「おっと〜どこ持って立っていればいいの?」なんてかわいい声が響き渡ります。

付添いの先生も「静かに〜」「あと○駅だからね」と子どもたちに声をかけておられますが、
人数も多いのでなかなか大変そうです。

子どもたちが降りる駅に着きました。
ドアが開いた時、先生がこんな風におっしゃいました。
「さあ、着きましたよ。みんな気を付けて降りてください」
ガヤガヤと子供たちは降りていき、静かになった電車は再び走り始めましたが、
私は先ほどの先生の言葉を思い出していました。
「気を付けて降りてかぁ・・ん?? 気を付けるって、何に気をつけるんだ??」

例えば、ホームと電車の間が広く開いているから、落ちないように気を付ける。
ドアに手を挟まれないように気を付ける。
勢いよく乗ってくる人がいるかもしれないから気を付ける。
ドアが閉まらないうちにスムーズに降りるように気を付ける。などなど・・
「気を付ける」の中身っていろいろありますよね。

先生のあの一言だけで、子どもたちは何に気を付けるのかわかったのかな?

もちろん事前学習などで詳しく教えてもらっているかもしれません。
たまたま乗り合わせた私の心配には及ばないかも。

そこでふと、自分に目が向きました。
「具体的にどうするか」ということを、
私は普段の生活の中で相手に伝えているだろうか?

今までも子供たちに「ちゃんとやりなさい」とか「がんばって」などといってきましたが、「ちゃんと」や「がんばる」って、どういうこと? 
どうしてほしいの? 相手がどうなればいいの?
私自身はその時々で頭の中に明確な「こうしてほしい」ということを持ち、それを言葉にしているつもりでしたが、
実際はどのくらい相手に伝わっていたでしょうか?

以前、こんなことがありました。
外出するため帰りが遅くなることがわかっていたので、
子どもに「暗くならないうちに、洗濯物をちゃんと入れておいてね」
と頼んで出かけた時のことです。
家に帰ってきたときの洗濯物のありさまを見て、私は思わず、
「ちょっとぉ〜、ちゃんと入れてっていったでしょう?!」
と叫んでしまいました。

私の思う「ちゃんと」とは、
「タオル類や下着などはたたみ、制服のシャツは皺防止のためハンガーにかけたままで入れておく」ということでした。
ところが、子どもの思う「ちゃんと」とは、
「お日様が沈むまでに(いやもしかしたら、母が帰るまでかも)とにかく家の中に放り込む」だったのです。
あまりのギャップに、(方法はともかく)洗濯物を取り入れてくれたことへの感謝すら、すっかり忘れてしまいました。
挙句の果てに子どもからは、「そんなこと聞いてないけど・・」と言われる始末。

もし最初から、私が思っていたことを具体的に伝えていれば、
言われた側である子どもとしても、
私が何を望んでいるかがよりわかったでしょうし、
どう行動するかも考えやすかったでしょう。
また私も、「こうなったらいいな。こうしてほしいな」と望んでいる状態を、
確実に手に入れることができたはずです。

何気なく口にしてしまっている「曖昧な言い方」を、
「具体的な言い方」にして伝えることを意識してみよう。
そう思った、電車での出来事でした。

お次は群馬のともどんへ、バトンタッチです。

神奈川県/杉本真紀 





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