ハートフルコーチの泣き笑い日記

日々の発見やつぶやきなど。

息子の卒乳


こんにちは。東京都在住の堀です。
児島さんの毎日の送迎のお話し、仕事や家事もしながら、決して楽ではないはずなのに、親子の大切なコミュニケ―ションの時間と捉えているんですね。私もそんなふうに息子と信頼関係が築ける父親でありたいなと思いました。

さて、私は今回、一歳7ヶ月になる息子がこの年末年始で卒乳に成功したお話です。
息子はこれまでおっぱいとお菓子以外のものには目もくれず、ほぼ母乳のみで過ごしてきました。6ヶ月あたりからは離乳食を出すようにしましたが、口に合わないようでひと口食べて終わりです。あとから口に運んでも「うえ〜」っと、吐き出してしまうのです。
また息子は生後間もない頃からカンムシ症状が強く、おっぱいや腕などに噛みついたり、物を投げつけたりします。そして一度かんしゃくを起こすと止まらないので、仕方なくおっぱいを吸わせて落ち着かせます。こんな状況なので、なかなか卒乳に踏み切ることができませんでした。
そもそも1日に母乳を何十回と与えるので、妻の体への負担とストレスは相当なものでした。不安に思う妻と、不安を隠そうとして明るく振る舞う私なので、お互いに葛藤はありました。
「(私)そのうち何とかなるよ」「(妻)あなたは気楽でいいわよね!」
恥ずかしながらこの繰り返しでした。

さすがにこのままではいけないと思い、この年末年始休暇を利用して卒乳に挑戦しよう!と、夫婦で決めたのが昨年の12月初めごろでした。
26日を卒乳開始日とし、この日から一切おっぱいを与えないことに決めました。カウントダウンカレンダーを用意し、息子にも毎日「この日でおっぱいとはバイバイだよ」と説明します。知ってか知らずか息子も「バイバイ!」と囁きます。

そしてついにその日の朝がやってきました。
「これで最後だよ」と妻の言葉で、息子は気の済むまでおっぱいを吸います。しばらくして、おっぱいから離れると、妻は息子に気づかれないように、洗面所に向かいました。
どうしたのかな?と私が洗面所の扉を開けると、妻は両胸に大きく息子の大好きなアンパンマンの顔の絵を描いていました。
「ついにこの日が来たんだね」と言葉を交わし、お互いの決心を確かめ合います。
そうこうしていると、さっそく息子がおっぱいを求めて妻のもとに抱き付いてきました。 
すかさず妻は両胸のアンパンマンを息子に見せてこう言いました。
「おっぱいはもうお空にいっちゃったんだ」
息子は少し悲しそうに上を見上げますが、アンパンマンの胸に目がいくとすぐに笑顔になり、その瞬間はおっぱいのことを忘れているようでした。 

このやり方で昼間は何とか騙しだまし過ごせましたが、夜の寝かしつけの時に本当の試練がやってきました。
おっぱいと泣き叫ぶ息子に、いくらアンパンマンを見せても泣き止んでくれません。妻と私が交代で抱っこしながら息子が泣き止むのを待ちます。
「大丈夫。お父さんとお母さんがついてるからね。頑張ろう」
しばらくすると、息子は泣き止み、深い眠りにつきました。 

翌朝、息子は目覚めがよく、ムクっと起き上がりました。そしておっぱいの傍まで行くと、息子はこう言いました。
「ないない」「パンマン」
わりとあっさりでしたが、おっぱいを背に歩き出した息子の姿を見て、思わず涙がこぼれました。それ以降、おっぱいを求めてくることはなくなり、ご飯も徐々に食べられるようになりました。(卒乳おめでとう!)
卒乳できるかを心配するあまり挑戦してこなかった私でしたが、息子が必死になって卒乳しようと頑張る姿を見て思いました。私も自身の成長のためにもっといろいろなことに挑戦しようと…。

正直、この卒乳への挑戦は辛かったです。息子の泣顔を見るのもそうですし、身を削る思いで息子をあやす妻の姿は、見ていて本当に辛かったです。でもこれから待ち受ける様々な試練に比べたら、小さいことかもしれませんが、ひとつ壁を乗り越えた気分です。
一歳7ヶ月の卒乳は一般的に遅いのかもしれませんが、その時々でいろいろな事情があっての判断でした。我が家にとっては、この年末年始が卒乳に最も相応しい時期だったのだと思います。
先ずは息子におめでとう! そして妻には本当にありがとう。という気持ちでいっぱいです。

さて、次は植松さんにバトンをお渡ししますね。
どんなお話しが聞けるのか楽しみです。

東京都/堀 善雅  






                                     

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