ハートフルコーチの泣き笑い日記

日々の発見やつぶやきなど。

愛されるということ


こんにちは。
東海地方は海の日に梅雨明けしました。大好きな夏が来るのがとても楽しみな静岡の植松です。

堀さんのお母さんの心の広さに胸打たれながら読ませていただきました。
私は息子の過ちを責めずに寄り添うことができるかしら?!
自問自答し、寄り添える自分でいたいなと改めて思いました。

さて、7月の暑い日ざしを浴びると、19年前に亡くなった母方の祖母を思い出します。
青空に入道雲が浮かぶとても暑い日に祖母は他界しました。

実家から車で10分くらいのところにある市立病院で、祖母は最期を迎えました。
祖母が息を引き取ったあと、母と妹2人は「お姉ちゃんはおばあちゃんの傍についていて」と言って、私と祖母を残し、葬儀の準備のために家に戻りました。
本来なら長女の私が準備のために戻るところですが、妹2人が率先して戻ることを選択し、私を祖母の元に残したのです。
祖母が生きている頃から「おばあちゃんはお姉ちゃんを贔屓している」というのが妹たちの口癖だったのですが、決してやっかんで言っていたのではなく、私と祖母の関係を温かく見守ってくれていたんだなと、このとき痛感しました。

私の母は一人っ子だったので、祖母にとって私は初孫でした。
初孫ということもあり、とにかく祖母は私を可愛がってくれました。
私も祖母が大好きで、幼稚園の年中のときから毎週末、一人暮らしの祖母の家にお泊りに行っていました。
私の好きなカレーや若布のお味噌汁を作ってくれ、一緒にお風呂に入り、寝る前には毎回私がねだる「桃太郎」の話しをしてくれました。

私が小学4年になる年に新しく家を建て、祖母も一緒に暮らすようになりました。
今でもよく覚えている『祖母の贔屓』は、季節はじめの値段の高い梨の差し入れでした。
梨は私の大好物です。
まだ値段の高い時期には何個も買ってくることはできないので、祖母は1つだけ梨を買ってきます。
それを夕食後に綺麗に皮を剥いて食べやすい大きさに切り「みんなには内緒だよ!!」と2階の私の部屋にこっそり持ってきてくれるのです。
また、旅行に行くと、必ず妹たちよりも1つ多くお土産を買ってきてくれました。

このように、幼少の頃からの様々な出来事から、自分は祖母からとても愛されていることを実感していました。
そして、そのおかげで、私はいざというときにとても強くいられた気がします。
例えば、小学校の頃、仲良しの友達と仲たがいして仲間はずれにされても、自分は自分と思える私がいました。
自分の意見を曲げてまで友達に無理に合わせないでいられたのは、私のことを溺愛してくれる祖母の存在があったからではないかと思います。

また、自分が愛される存在であるということを疑わずにこれまで生きてこれたのは、とても幸せなことだと思います。
どんな出来事も斜に構えず、素直に真正面から受取ることができる自分があるのは、祖母の存在のおかげだと、大人になってつくづく思うのです。

おばあちゃん、私を愛してくれてありがとう。
祖母から貰ったたくさんの愛を、今度は私から息子に受け継いでいきたいと思います。

次は、照子さんにバトンをお渡しします。お話、楽しみにしています。

静岡県/植松知子 








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