ハートフルコーチの泣き笑い日記

日々の発見やつぶやきなど。

心配しなくても大丈夫だったんだな


こんにちは。
群馬の渡辺です。

植松さん、おばあさまが愛してくれたことが、「いざという時に強くいられた」「仲間外れにされても自分は自分て思えた」のですね。
おばあさまの存在・ご姉妹の見守り・植松さんの力強さ・・・うっとりしながら読ませていただきました。奇遇にも、私もおばあちゃんと寝ていまして、祖母の18番は、「桃太郎」でした。

ところで、おばあさまは、植松さんのその時や未来をどのように見ていたでしょうかね?
憂えていたかなあ〜? それとも信じていたかなあ〜?
想像でしかないですが、植松さんの今を喜び、将来もきっと大丈夫だと信じて愛して関わってくださっていたと思います。
私も、我が子たちのことを信じていました。しかし一方で、将来どうなるのだろうといつも心配していた気がするのです。
その心配が頻繁にイライラにつながっていたように思います。

ところが、この頃(息子23歳、娘19歳)、“心配しなくても大丈夫だったんだな〜”と思える出来事にしばしば遭遇するのです。

例えば、ペットボトルの飲料。
私は娘がいちいちペットボトルの飲料を飲むのを歓迎していませんでした。お弁当を持っていくとき、部活動で大会に行くとき、ポットや水筒にお茶やスポーツドリンクを入れようかと勧めても、「買うからいいよ」という反応。
無理に家から持っていくように仕向けた時期もありましたが、本人は望みません。
「こんな状態で、将来大丈夫かなあ? 経済(お金)のこと、エコ社会に対する考えna
ど・・・」

ところが先週、アルバイトに行くに当たって、弁当を作っていた時のことですが、
私:「飲み物どうするの?」
娘:「もったいないから、持っていく。」

びっくりです。
“もったいないから”、そんな言葉が娘の口から聞けるなんて。
(実はバイト先とはコンビニなので、買おうと思えばふんだんにペットボトルの飲料が売っている場所です。)

娘の部屋のことだって、足の踏み場がないことに、イライラしたこともありましたが、
今では、自分で管理できています。

ふと思うのですよね。子どもたちが幼い頃、心配し過ぎていたな〜と。
大きくなれば自然と大人げになっていくのだから心配しなくてよかったんだな〜と。
この頃やっとわかってきました。

もし、今、あの頃の自分に声をかけることしたら、
「毎日、子どもたちのために心を配ってごくろうさん。実際子どもをここまで育ててみるとね、子どもは、心配しなくても、自然にに成長していくってところが大きいよ。
だから今、あんまり心配しなくても大丈夫。
心配の代わりに、子どもの良いところを見て喜んだり、子どもの未来を、期待感を持って見つめたり、その方が、子どももプレッシャーが減って軽やかだし、あなたも気楽だよ」
と言ってやりたいと思います。

引き続き、子ども達の真に自立していくプロセスを、
植松さんのおばあさまのように、信じて見守り続けていきたいと思います。

次は東京のくりちゃんの番です。
どんなお話をおうかがいできるのか楽しみです~♪

群馬県/渡辺照子 





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