ハートフルコーチの泣き笑い日記

日々の発見やつぶやきなど。

見守る


こんにちは。静岡の植松です。
十五夜も過ぎ、朝晩は寒くなりすっかり秋めいてきましたね。
過ごしやすい半面、夏好きの私には何となく寂しい季節の変わり目です。

さて、さっくんがキャベツの千切りを食べてくれたときの堀さんの喜びよう!!ウンウンと頷きながら読ませていただきました。
親の喜ぶ顔が見たいと、頑張って千切りのおかずを食べるさっくんもいじらしいですね。
子どもにとって何がモチベーションになるのか、探り当てることが親の知恵だよなと再認識しました。
かくいう私も、息子のモチベーション探しに余念がありません。

我が家の息子が空手を習いだして、もうすぐ1年が経とうとしています。
時々「空手、行きたくない〜」という日もありますが、なんだかんだと週2回の稽古に通っています。

道場では年に3回ほど審査会というものがあり、審査に合格すると級があがり帯の色も変わっていきます。スタートは全員9級白帯からです。

息子が入門してから3回の審査会がありましたが、息子は相変わらず9級白帯のままです。
というのも、8級で審査される"ピンアン2段"の型が全部覚えられず審査が受けられないのです。
審査の申込みをしても、審査会の1週間前までに1人で型のできない子は、合格は難しいですよ、という判断でキャンセルを勧められます。
ここでキャンセルすれば審査料も返金される、とても親切なシステムです。

入門して2ヶ月程で1回目の審査会がありました。
申請をしてみたものの、1週間前にまだピンアン2段が1人でできないので今回はキャンセルしてください、という通知が届きました。
まだ入って間もないこともあり、受けられなくても仕方ないよなとキャンセルしました。
しかし、審査会を見学に行くと、同じ時期に入った幼稚園のお友達が審査を受け、見事に合格しているのです。
なんとなく焦る自分がいました。隣の息子をみるとまったく気にしていない様子なのが、さらに焦りを助長します。

入門して半年以上経った頃、2回目の審査会がありました。
今度こそ審査を受けられるといいなと、私は気合が入ります。
道場から配られた練習用のDVDを見ながら一緒に練習しよう!!とけしかけますが、息子は乗ってきません。
結果、審査は受けられず、審査料がまたしても返金されます。

3回目の審査会。つい最近のことです。
さすがに入門してもうすぐ1年、3度目の正直で今回こそは審査受けてほしいと私は思います。
まわりのお友達も息子以外はみんな黄色帯になっています。
何か良い方法はないかと考え、DVDを見るだけでは分かりにくいので、空手のママ教室に通って自分がピンアン2段を覚え、息子に教えることにしました。
ピンアン2段を覚えた日、私は意気揚々と息子に「ママ、ピンアン2段覚えてきたから一緒にやろう」と言い、教えようとしました。
息子は「僕、半分まで覚えたよ」と自分ができる半分まではやるのですが、その続きはやろうとしません。
私は心のなかで「おいおい、半分覚えただけじゃ審査会は受けられないんだよ」と突っ込みます。
そんなこんなで、結局3回目の審査会も受けることができませんでした。

私としては、頑張ればできるんだということを息子に知ってほしい。
努力して何かを達成するという成功体験をしてほしい。
そんな気持ちから、何とか黄色帯にしてあげたいと思うのです。
しかし、当の息子は、最初こそ黄色帯になりたいと言っていましたが、すごく努力してまで黄色帯になりたいとは思っていないようなのです。
「半分できるようになったよ」と自慢げに言う息子。
確かに何もできなかった1年前に比べたら、半分できるようになったのだから確実に成長しています。
審査会に出られなくてもしょげる訳でもありません。きっと彼は今の状態に満足しているのでしょう。

いつになったら黄色帯の息子の姿を見れるんだろう、となんだか情けない気持ちになり、私が幼稚園のときもこんなだったのかしら?!と遠い昔を思い返してみました。

するとそこには、幼い頃のこんな私の姿がありました。幼稚園の運動会、かけっこも借り物競走もビリの私です。
1番は赤、2番は黄、3番は緑、その他はピンクのリボンがもらえます。
私の体操服の右肩には見事にピンクのリボンばかりが付いています。
ですが、その頃の私はピンクのリボンしかないことをまったく気にしていません。
気にするどころか、ピンクが大好きだったので喜んでいました。

そんな私を母はどんな気持ちでみていたのだろうと考えると、母がよく言っていたセリフを思い出しました。
「幼稚園に入ったとき、おばあちゃんが、ともちゃんは早生まれなんだから、できないことがあっても決して怒ったりしたらいけないよって、それだけはよく言ってたのよね」
そんな祖母の言葉を受け、母はピンクのリボンばかりの私に何を言うでもなく、やさしく見守っていてくれたのでした。

幼少の頃は個人差もありますが、月齢による差も大きいです。幼稚園ではピンクのリボンばかりの私でしたが、小学校にあがると運動会でもらうリボンも赤や黄、緑に変わっていきました。
小学校にあがって特別に何かをしたという訳ではなかったので、やはり幼稚園の頃は月齢のハンディキャップがあったのかもしれません。

息子は11月生まれなので早生まれではありませんが、女の子と男の子の成長を比べると、男の子はプラス3カ月と考えるとちょうどよいと聞きます。そう考えると、息子は早生まれの私と同じなのかもしれません。
ピンクのリボンで喜ぶ幼少の頃の私と、白帯で満足している息子の姿が重なります。

そうか、黄色帯になってほしいと思っているのは私で、今の息子はそれを望んでいない。
私が勝手に焦っていただけなんだ。
そう気付くと、私の息子に対するスタンスが自然と変わりました。
母がピンクのリボンの私をやさしく見守ってくれたように、白帯の息子をただただ見守ろうと。

それでは照子さんにバトンをお渡しします。今回はどんなお話でしょうか。楽しみです。

静岡県/植松知子 






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