ハートフルコーチの泣き笑い日記

日々の発見やつぶやきなど。

いちぶんのいちのお母さん


新潟の櫻井さんからバトンを受け取ることになりました、千葉県松戸市在住の藤野美奈です。
よろしくお願いします。

私は4人の子どもの母です。女3人、男一人です。夫婦共働きで保育所に預けて育ててきました。
現在、一番上は大学1年生、一番下が小学4年生になりました。
個性バラバラの子どもたち、同じようには育ちません。当然、同じ対応をしても返ってくる反応はすべて違います。長女にはこれでいけたのに、次女には同じやり方は通用しないのです。もちろん、長男なんて始めから種類が違う。もうどうしたらいいの?のオンパレードです。
これって小さい時だけの話ではありません。小学生時代、中学生時代、高校、その後までそれぞれにどうする?が続きます。子どもが大きくなれば、母の出番は減っていき、順番に下の子に付き合っていけると思っていたのが甘かった。母のやることはどんどん重なっていきます。取捨選択するためにある程度の優先順位をつけなくてはなりません。
そんな様々な出来事に対応するために学び始めた私は、ハートフルコミュニケーションに出会いました。その後もいくつかの学びを重ね、ぶれない自分と柔軟性で毎日を乗り切っています。

時間に追われる日々の中、ある時ふと、一番下の子の話を聞いていないことに気がつきました。
一番下の子はとてもおしゃべりが好きで、私によく話しかけてきます。でも私はほとんど聞いていないのです。始めのうちは聞いても、3分くらいたった頃には子どもの声がBGMのようになっていて、しまいには「疲れているからもういい?」と言ってしまいます。結局、何の話だったんだろうという有様です。
昔は子どもが話してくれることはうれしかったはずなのに、その頃の私には面倒なものになってしまったようです。写真の数も少なくなるし、遊びに行くこともほとんどないので、ずいぶんと淋しい思いをさせていたのだろうと思います。子どもの成長のひとつひとつが新鮮だった上の子に比べると新鮮さが薄れ、それと同時に感動がなくなっていくのでしょうか。

子どもたちは同じ道をたどっているようで、みんな違う道を歩いています。
同じ小学校でも環境がすべて違います。経験することも悩むこともうれしいこともみんな違います。それを私が一緒に感じて共にその時を歩んでいくことは、その瞬間に向き合わなくてはできません。

子どもとの会話を面倒だと感じている時の私は、意識が別のところにいっていました。考えごとをしていたり、携帯やTVを見ていたり。子どもの声は聞こえているのですが、内容が頭に入ってこないから、理解もできない。
でも、子どもにとってはたった一人のお母さんなんですよね。私にとって子どもは4人ですが、子どもにとっては「4ぶんの1の母」ではだめなんです。どの子にとっても「いちぶんのいちのお母さん」でありたいと思いました。

子どもたちと一人一人向きあうためには、子どもとのコミュニケーションって大切だなとつくづく思いました。一人一人との時間は短くても、一対一で関わることはどの子ともできます。それぞれの子に私ができることは違います。その子にとって私しかできないこともあります。せめてそこは見過ごさないようにしたいです。

それからは、子どもが話している時は話に集中して、意識を向ける。そして、反応することを心がけています。
やっていることは文字通り「見る、聞く」、とても単純なことです。それによって、子どもにすごい変化があったわけではありませんが、私にとって大事なのは、どれだけ子どものニーズに気づき、合わせられるかなのです。「いちぶんのいちの母」として、存在感がある母でいたいですから。
一番下の子とは同じ体験をする時間を作るようにしました。一緒に習字を習い始めました。夏休みくらいから、町の行事に参加しています。同じことをすることで共通の話題ができました。

一対一の時間を作ることが子どもに何を与えているのか?
私は子どもではないので、どう思ってくれているかはわかりません。きょうだいの間では、私の関わり方を比べることでしょう。不公平感を与えるかもしれません。でもそれは、それぞれに合わせた結果であり、それでよかったと思ってもらえるといいなと思っています。
「いちぶんのいち」の母でいることできっと何か残ると信じて、これからも、子どもに何が起きているのか興味を持って聞き、私ができることを見つけています。

ではこの辺で、大阪の南村さんにバトンをお渡しします。

千葉県/藤野美奈 







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