ハートフルコーチの泣き笑い日記

日々の発見やつぶやきなど。

やっと気づいた妻の愛情


こんにちは。東京都の堀です。

児島さんがお父様への感謝の度合いを山登りで例えられたように、私も我が身を振り返りました。息子が生まれてまだ2年ほどですが、私はまだまだ登山口あたりかも!?
今まで育ててくれた父と母には感謝しても仕切れませんが、今出来る精一杯の感謝をしっかり伝えたいという気持ちになりました。

さて児島さんに引き続き似たテーマですが、私は妻との間で最近起きた出来事についてです。
息子が生まれて早2年。第一子という特別な喜びもあり、これから親子3人で笑顔の絶えない生活が送れると思っていました。
ところが現実はそう甘くなく、今まで夫婦二人だけで過ごしてきた生活スタイルが180度変わったといっても過言ではありません。0歳児の頃からかんしゃくの多かった息子に、この年齢期ならではのイヤイヤが加わります。毎日息子に振り回され、自分の時間も全く持てず、ストレスが日々溜まっていく中で、私も妻もお互いのちょっとしたことに苛立つようになりました。

妻は私の気に入らないことを口にします。
「何で飲み終えたペットボトルをすぐ捨てないの(怒)」
(私の心の叫び:少ししたら片付けようと思っていたのに)
「(会社を)18時に上がれると言ったのに30分も連絡なしで遅れるってどういうこと(怒)」
(私の心の叫び:仕事の都合でどうしても連絡できなかった事情があるのに)

しばらく私は内心不満に思いつつも、その場しのぎに謝っていましたが、先日、溜まりに溜まった怒りがついに爆発してしまいました。
今までの人生でここまで怒りを爆発させたことがないほどで、私は理性を失いかけました。
「おまえはいつも怒ってばっかだな!!」
妻も私のそんな姿を見るのは初めてでした。すると妻は私に「あなたが私をよくディスる(侮辱する)からよ!」と・・・。
妻の言葉にまったく身に覚えがなかったので、「いつ俺がディスったよ!? ふざけるな(怒)」と言い放ち、私はその場を去りました。
数日後、少し落ち着いたところで、私にも非があったことを素直に認め、何とか仲直りできましたが、妻をディスったという自覚はこのときもまったくありませんでした。妻に確認してみても、細かい内容までは覚えていないようでした。

私はそれから妻との会話では自分の言動を気にするようにしました。
そしてある時、私が着替えをしていると、妻は私の脇腹付近に謎のアザ?を見つけました。
「皮膚ガンかも!?」と大袈裟に反応する妻に、半ば呆れて「考え過ぎなんだよ」と返すと、妻の顔が一瞬曇るのがわかりました。
「(あっ、これだ!)」と思い、妻に確認してみるとやはりそうでした。
「そう!ひどいよね。人が心配して言っているのに」「こんな風にあなたは私(妻)をいつもディスるんだよね」と。

普段から心配性で不安に囚われやすい妻は、よく言えば危機管理意識が強く、悪く言えば発言の一つひとつが悲観的です。私は育った家庭環境からか楽観的な性格ですが、悪く言えば傍観者で、面倒くさいことを見て見ぬフリするところがあります。つまり妻は、私の(心配し過ぎという)無下な言葉に傷ついた(ディスられた)と感じていたのです。
ここで初めて私は、普段から妻をディスっていたことを自覚しました。
例えば「今度旅行の日に風邪引いたらどうしよう」と言われたときは、「引いたら考えればいいじゃん」と返したり。また「味噌汁の汁は塩分多いから飲まない方がいいよ」と言われたときは、「大丈夫だって。それ言ったら日本人みんなアウトだよ」と返したり。
私は妻の気持ちに気付いてあげられなかったことを心から悔やみ、そして素直に謝りました。

私はきっと無意識のうちに「そんな(心配性・不安性な)生き方は損だよ。もっと気楽に考えると人生楽しいよ」と、暗に自分の先入観を妻に押し付けていたのです。
妻にとっては細かいことにも気を配り、身を案じることこそが私への愛情だったのだと思います。でもそれに気付けたことは私にとって大きな学びでした。

今でも気を許すと、妻に対して自分の先入観が先行しそうになるときがあります。
しかしそんな時こそ立ち止まって、先ずは相手の気持ちに寄り添ってからでも遅くはないよねと、自分に言い聞かせるようにしています。
何かとお互いに嫌気がさしていたあの時と比べると、妻の態度や表情も穏やかになり、私自身も何かを乗り越えた時のような清々しさを感じています。

さて、次は植松さんにバトンをお渡ししますね。
今度はどんなお話しが聞けるのか楽しみです。
                                     

東京都/堀 善雅





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