ハートフルコーチの泣き笑い日記

日々の発見やつぶやきなど。

親心


こんにちは。東京都の堀です。

児島さんの溺愛のお話し、私も共感できるなぁ〜と思いながら読ませて頂きました。我が家のさっくん(2歳息子)も何れ親元から巣立つときが来るのかなと、考えるだけで私も泣けちゃいそうです。

泣けちゃうと言えば先日、さっくんと出かけた公園で、本当に泣ける出来事がありました。
その公園は大小様々な古タイヤが無数にあり、ゴジラやロボットなどに姿を変えて訪れる人たちを迎えてくれます。その中でもひと際大きいゴジラは、親ゴジラ・子ゴジラの二体あり、親ゴジラは高さ8m、全長(尻尾を含め)20mもあります。
さっくんはいつも遊んでいるこの公園が大好きです。特にゴジラが大好きで、親ゴジラを「お父さん恐竜」、子ゴジラを「お母さん恐竜」と呼んでいます。

普段は恐竜の尻尾によじのぼったり、お父さん恐竜の周りを走りながら、キャッキャと楽しそうに遊んでいるのですが、その日は公園に入るなり、すぐにいつもと様子が違うことに気づきました。何と「お父さん恐竜」が居なくなっていたのです。
いつもお父さん恐竜が居たその場所は工事フェンスで囲われていて、「改修工事中(3月末まで)」と貼紙がありました。さっくんが寂しげにひと言、「お父さん恐竜がいない・・・」。その目には大粒の涙が溢れていました。
「(私)お父さん恐竜いないのは寂しいね。今お休みしてるんだって」と慰めようとしますが、思いのほかショックが大きかったようでその場を全く離れようとしません。
「お父さん恐竜いない・・・(涙ポロポロ)」。
その表情から、いつもの甘え泣きとは違うことがわかりました。そんなさっくんを見ているうちに、何だか私まで寂しくなってきたのです。
(あ〜、何てかわいそう。大好きなさっくんが心を痛めている。息子を安心させたい)

我が子の苦しむ姿を見るのは本当に辛いものです。これが親心なのでしょうか。さっくんを抱っこしていた私も耐え切れず、
「(私)お父さんも寂しくなってきちゃった」と言い、その場で一緒に泣いてしまいました。
たぶん周りで遊んでいた親子からは、「何だ?どうしたあの親子!?」と思われていたかもしれません。でも私とさっくんはそれどころじゃなかったのです。
息子を何とかしたいという思いで、「(私)本当に好きだったんだね。その気
持ちを知ったらお父さん恐竜もきっと喜ぶよ」「(私)早くお休みから戻ってくるといいね」「(私)また会えるから大丈夫だよ」と励まし続け、気づけば1時間ほどその場で過ごしていましたが、さっくんが「もう帰る・・・」と言うので、その日は遊ぶのを諦めて帰ることにしました。

あのときのさっくんはいつもの甘え泣きとは違い、下唇を少し前に出す寂しいときの泣き方でした。たまに私の仕事帰りが遅いと、さっくんは寝室の窓から外を眺めて「お父さん・・・いない」と寂しげに呟いているようなのです。(妻より)
きっと、さっくんは愛着のあるお父さん恐竜がいなくなった寂しさを、「お父さんがいなくなった」ことの寂しさと重ねていたのかもしれません。

あれから1週間ほど経ちますが、今ではすっかり寂しさも癒え、お父さん恐竜の居ないその公園で、何事もなかったように元気に遊んでいます。
この出来事は私に「親心」を考える機会を与えてくれました。

もしあのとき、息子が「お父さん恐竜じゃないとやだ〜!」と駄々をこねて泣き出したら、私は「何メソメソしているの」「男の子は簡単には泣かないよ」と言っていたでしょう。
それも「男の子らしく育ってほしい」という親心ですが、もしそれを口にしていたら、息子は苦しみを理解してくれない私に心を閉ざしてしまったかもしれません。
でもあのとき、息子は一緒に泣く私の傍からずっと離れようとはしませんでした。きっと私の「息子を安心させたい」という親心が、息子に伝わったのだと思います。だからこそ、安心した息子はその後、気持ちを立直し、お父さん恐竜の居ないその公園でまた元気に遊べるようになったのだと思います。

この公園の一件で、私は息子のことを本当に愛していると実感しました。なぜなら、私のなかのどんな親心も、根底には息子の幸せを本気で願っていたからです。
親になってまだ2年の私ですが、少しずつ親心というものがわかってきた気がします。

さて、次は植松さんにバトンをお渡ししますね。
今度はどんなお話しが聞けるのか楽しみです。

東京都/堀 善雅





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