ハートフルコーチの泣き笑い日記

日々の発見やつぶやきなど。

子育てで大切にしたいこと


こんにちは。京都の秋田です。
南村さんのように、子育てにも生活全般にもそのままを肯定的に受け止める、「心の目」を持つこと本当に大切だなと様々と思い返しながら再確認しました。

さて、私も今回が最後のブログです。
以前、私の子育てに対する意識を根本から変えた事件がありました。
そんなお話で締めくくりたいと思います。

そう、あれは7年前。冬休みに入った師走の忙しい時期。
小学3年生の末っ子が1人で私たちの友人宅へお泊。
その日はちょっと派手目な緑のジャッケットと黄色いリュックを背負い喜んで出かけていきました。

翌日の昼過ぎ。「これから帰ります。何時何分発の電車に乗せます」と連絡があり、
「お世話になりました。気を付けて帰ってくるよう伝えて」と伝言し、
師走時の忙しいなか、私は何の心配もなく主人と家業を手伝っていました。

ふと時計が目に入り、「もう帰ってきていいはずなのに、まだ帰って来てないのかな。 いつもなら、必ず『帰ったよ』と伝えに来るのに」と思いながらも忙しいのでそのままにしてました。
更に時間がたち、ちょっと不安を覚えた私の「もう帰ってきたかな? いつもは『帰ったよ』と顔出すのに・・・」というつぶやきに、「帰ってきてどっか遊びにいったんちゃうか?」 と主人。「そうかな〜」この時点で帰宅予定から 1 時間半は経っています。
「大丈夫やって」という主人の声を背に「ちょっと気になるから家行って確認してくる」と家に帰り、家にいた長女の「まだ帰ってないよ〜」の答えに私の何とも言い表せない不安は募るばかり。
すぐに友人に連絡し、「まだ帰ってきてないんだけど、電車乗ったかな?」
「連絡した時間に電車乗りましたよ」「え〜、どこいっちゃったの??」

主人に経緯を説明し、「ちょっと探してくる」と時間をもらいました。
それでも「末っ子なら、大丈夫やって」という主人。そんな主人に「何が大丈夫やって!!!」と内心イラつきながら、長女に家での留守番を頼み、駅へ向かいました。
駅員さんに緑のジャケットに黄色いリュック背負った小学生がいなかったか確認しましたが、「いなかったと思うな〜」の返事。
迷子の案内は出てないか。折り返し運転時、車内確認時に該当する子はいなかったか。 など駅員さんに確認しますが、のんびりと危機感のない態度に、「小学3年生が電車に乗ったのに予定時間2時間たっても駅から出てこないのだから、何か事件に巻き込まれてないか心配するでしょ! 真剣に対応して! 真剣に!!」
思わず大声で叫んでいました。
その勢いに駅員さんもようやく真摯に対応してくれ 、各駅や主要連絡先に確認をとってくれましたが、該当する小学生はいなかったようです。

いたずらに時間ばかりが過ぎゆくなかで、気持ちは焦るばかり。
この時、私の頭の中では、
「どこ行っちゃたのだろう。このまま末っ子に会えなかったらどうしよう〜」
「そんなことあるわけないけど、これほど探しても会えないってことは・・・」
「最後に交わした会話は 気を付けて、楽しんでおいでね〜だったかな」
「もっとああしておけば良かった、まだこれもしていないのに」
「もう、どうすればいいの??会えなかったらどうすれば?」
うわ〜〜〜!とパニックになりそうな自分。でもこんな時こそ深呼吸して落ち着かないと。
今、何が起こっているのか、整理して。
最悪な状況や不安を思ったり口にし言葉にしてしまうと、現実になってしまう!と別の自分。
深呼吸をして気持ちを切り替えるということを意識し習慣にしていた自分に助けられ、
「末っ子は大丈夫、大丈夫!」
と自分に言い聞かせ必死に、必死に立て直しながら自分で探しに行こう!と決めました。

一旦帰り、長女に経緯を話しながらまた留守番を頼み「見つかりますように!」祈るような気持ちで玄関を出ました。

暗くなりかけて冷たい風が頬に痛い師走の夕暮れ時。
玄関前で深呼吸をし、さあ、行こうと気合を入れて、路地突き当りにいらっしゃるお地蔵様にふっと視線を向けた時
緑のジャケットを着て黄色いリュックを背負った末っ子がいました。
今思い返すとスローモーションのように、映画を見ているように 、
二人無言で駆け寄り抱き合いながら大泣きしました。
もう会えないかもしれない。と覚悟していた部分もあるのでこうして生きていてくれたこと。無事に会えたこと。何よりもこうして生きている。それだけでいい!と心から思いました。

しばらく大泣きして、ちょっとずつ落ち着きを取り戻してからようやく言葉が出てきました。末っ子から経緯を聞くと
友人は切符を持たせてくれて電車に乗せてくれた。
しかし、その電車が予定駅の3駅前止まりの電車だった。
みんなが降りるので、一緒に改札を出てしまった。
その駅前にあったスーパーを覚えていたので、道はわかる。歩いて帰ろうと思い歩いてきた。
歩いたら家に着くから。大丈夫。大丈夫。
でも、歩いても歩いても同じ風景で泣きそうになったと。
田んぼの中の吹きっさらしの田舎道。小学3年生が永遠に続くような1本道を次の電信柱まで、次の電信柱までと自分を励ましながら10キロ強を約3時間かけて歩いて帰ってきました。

これを機に「生きていてくれてるだけで良い」を基本に「生きる力」を身に付けるために実践、体験、応用力を大切にしよう。と心に誓いました。

私が末っ子に伝えたことは「生きていてくれて、ありがとう。それだけで充分」 。
この体験のおかげで、細かいことはそんなに気にならなくなり「本当に、本当に大切なことは何か」がズドーンと私の中におち、子育てが楽になったと思います。

「な、大丈夫やって言ったやろ?」とは主人の言葉。
主人曰く「我が家に生まれたのだから、自分で乗り越える力持ってるだろう。万一それが出来なかった場合はそこまでの学びなんだろうから、仕方ない」
父性と母性では役割が違うと頭では理解していても、感情ではザワつくものですね ( 笑 ) 。
ドン!と構えてくれていたからという感謝の気持ちもありますけど ( 笑 ) 。
ここはまだまだ修行が必要なようです。

さて、次は最後のバトンを松下さんにお渡ししたいと思います。

京都府/秋田裕子 




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