ハートフルコーチの泣き笑い日記

日々の発見やつぶやきなど。

凹凸の魅力


こんにちは。東京の楠野です。
五十君さんの親子の気質の違い、たいへん共感しました。私もハートフルでエニアグラムを学んだ時は目からウロコ。この学びは家庭や会社で相手をおおらかに受け入れたり、なによりも自分自身を丸ごと認める事ができるようになったキッカケでした。

みんなちがってみんないい
金子みすゞさんの「私と小鳥と鈴と」の一節です。

我が家の三姉弟は三者三様。
同じように育てたのにどうしてこうも違うのかと不思議に思いますが、家族の関係性の中で、調和を保つために、自然とそうなっていったのだと、何となく納得しています。

ひとりを取り出して眺めれば凸凹がたくさん。
ついつい凹の部分が目について、その凹みを埋めなければならない錯覚に囚われ、口うるさく言ってしまったり、姉弟を比較してしまったりするけれど、一歩引いてみれば、私から凹に見えるだけのことで第三者からはむしろそこが評価されているところだったりします。

一番上の長女は天真爛漫な甘え上手かつ石橋を叩いて渡る心配性。1歳半まで歩かず、超速ハイハイで移動していた翌日に突然歩き出し、その翌日に小走りし出した経緯が彼女の性格を物語るエピソード。想像力豊かなおしゃべり好き。
二番目の長男は小さい頃から姉弟の中でもしっかりもので、姉と弟のケンカをひと言で仲裁してしまう、冷戦沈着な論理思考派。化学と三度の飯をこよなく愛す寡黙な主夫。
末っ子の次男はのんびり穏やかな平和主義者。周りのみんなの幸せが俺の幸せ〜とフンワリ。小学2年生から高校2年の今でも続けている野球のポジションはピッチャー、キャッチャー、内野、外野とくるくる変わるのは、その時そのポジションをやる人が居ないからがその理由だそう。仲間と楽しく過ごせるなら自己主張ゼロでも本人の不満度は限りなくゼロ。外出や旅行が大好きなアウトドア派。

この3人が共働きの家で親の居ぬ間に社会を作り回すようになると…
長女が弟二人に本日の気分をリサーチしながら冷蔵庫をチェックしつつ夕飯のメニューを考え買い物リストを作り、末っ子がリストと共同財布を持って買い物に出かけ、長男が化学実験のノリで料理を作る。

もちろん、うまくいっている時ばかりではなく、フワフワの末っ子に長女がイラッとしてケンカが始まり、長男のごもっともな一言で場が収まるなんてことも。

でも、自分の凹はその凸を持っている人と合わされば良いだけのこと。ひとりで完璧である必要はなく、大切なのはまわりとの調和の中で自分の良いところを活かせるかどうかなのだと三姉弟を眺めながら思うのです。

むしろ凸凹が魅力的な個性を生み出しその人を形成していくような気もするし。
親の役割はその個性を丸ごと受け止め、凸をますます際立たせるようサポートすることなんじゃないだろうかとも思う。

3人の会話はまるで漫才。題材は違うのにいつもおんなじ役割でのパターンとセリフがそこにあります。
3人の掛け合いを聞きながら、心の中で一人ひとりに声をかける。「それでいいよ、そのままで」

「ねー話聞いてる?ママはこれについてどう思うのよ」
三姉弟の輪、ふと、それを眺めつつ、その輪の一部を担っている自分自身に気づく。そんな私も凸凹だらけ。
「えーこれについてのママの見解は…」
「出たよ。始まるよ。ママの長い話し」

単身赴任中のパパが家に帰って来ると、家族の凸凹構造はガラッと変わります。パパひとりを相手に相談大会が始まる感じ。スタイルはコーチング。
穏やかに家族の話を聞いているだけで判断やアドバイスをする事はほとんどないけど、子どもたちはひとしきり話し終わると勝手に自分で決意して、スッキリした〜という顔になっています。
私にとってコーチングスキルのお手本なのですが、私の凹を補ってくれているこの時間、私は完全にスリープモードでボーっとしています。笑
毎度、我が家のカウンセラーが帰って来た〜っ、休憩できる〜って感じです。

シンディー・ローパーの曲「True Colors」のサビを今日も頭の中で流します。凹を受け入れるおまじない。

♪I see your true colors shining through, I see your true colors and that's why I love you.So don’t be afraid to let them show.
♪その輝きを通して私にはあなたの「本当の色」が見えるの。何故ってあなたを愛しているから。だから、それらをありのままに見せることを恐れないで♪
意訳ですが、そんなふうに解釈しています。

では、次週の松下さんにバトンを繋ぎます。

東京都/楠野裕子

No. PASS