ハートフルコーチの泣き笑い日記

日々の発見やつぶやきなど。

お弁当コミュニケーション


楠野さんからバトンと受け取りました、神奈川の松下です。
大人でも難しい桃の皮むきを、まだ小さかった楠野さんのお嬢さんが、
一生懸命挑戦している姿を思い浮かべると、胸がいっぱいになりました。

夏休み本番。我が家では、4月から始まったお弁当にまつわる騒動が、
ようやく一段落したところです。

ことの発端は、数か月前のことでした。
娘の中学校では弁当持参か、仕出しの給食弁当かを選ぶことになっています。
4月の入学前に、お弁当と仕出し給食、どちらがいい?と聞いたら、
家のお弁当を持っていきたい、と言うので
「残さないこと」「弁当箱は自分で洗うこと」の2つを約束して弁当作りが始まりました。<>

最初は毎日お弁当のおかずを何にするかで頭がいっぱいでした。
週末に副菜を作りだめして、メインのおかずは出勤前に朝早く起きて作り、
更には娘が夜、塾に行く前の夕飯も作って、と朝の時間はてんてこ舞い。
どうにかお弁当箱に詰めて、私の分もついでに作って、バタバタと出ていきます。

今までは、バランスの取れた小学校の給食に頼っていたところもあり、
たまのお弁当では娘の好きなものばかり詰めていました。
けれども、毎日となるとそうもいきません。
想定外だったことに、平日だけでなく、土日も部活でお弁当なのです。

それで、娘のあまり好きでない野菜のおかずなども、徐々に入れてみました。
最初は何とか食べていたようですが、そのうち見えないような角度で、
そっと生ごみコーナーに入れてあるのを発見すること数回。

意を決して
「ママが一所懸命作ったものを残すのなら、もうお弁当作らないよ」
と言いました。娘はしょんぼり。そこで、
「それなら、冷蔵庫にあるおかずを、自分で詰めていったら?」と提案しました。
私としては、自分でチョイスして、食べられる量を詰めれば、残すことはないのではないか、と思ったのです。

自分で詰めてみると、見た目のバランスとか、好きなものばかりだと全部埋まらないとか、色々気づくようです。
よしよし、と思っていたのですが、やがて、自分で詰めたものでも、口に合わないと残すようになってきました。

あるクタクタに疲れていた日の夜、捨てられたおかずを見て本当に悲しくなって、
「お弁当残してるみたいだから、もう、おかずも作らないよ。これから全部、仕出し給食でいいよね。」と言うと、
「自分で詰めたものも残したらダメなんて、聞いてない!」と猛然と抗議をされました。
「最初に条件提示されていないことを、突然当然のように言われても、困る!」
「頭の中を読めって言うの!?」
と言われて、初めて気づきました。
私は、お弁当を全部食べるのは、作ってくれた人への当然のマナーだと思っていた訳ですが、
それを、最初にきちんと説明していなかったなあと。

そこで、改めて、我が家のルールを娘と話し合いました。
お弁当は、バランスを考えつつ、食べられる量を詰めること、そして、残さず全部食べること、
それが、作ってくれた人へのマナーだと言うこと。
娘も納得して、お弁当ライフを再スタートしました。

朝食前、おかずの準備が出来ると、「お弁当詰めよう」と声をかけ、
二人並んで、各自、自分のお弁当に詰めていきます。
美味しそうに見える盛り付け、色合い、傷まない工夫などを、シェアします。
昔、私が母から教わったように。
よく作るレシピにも、実家の母から受け継いだものがあったりして。
そのことに気づいたとき、じーんとしました。
母も、一所懸命、子ども達のことを考えて毎日の食事やお弁当を作ってくれていたなあと。
お弁当って、母から子どもに伝えられていく、愛情コミュニケーションだったのですね。

先日、娘が、クラスメイトから「お弁当、美味しそうだね」と褒められたと
嬉しそうに報告してくれました。
私もお弁当を持っていくようになって体調も快調!という、おまけまでつきました。
お弁当万歳!

それでは、長野さんに襷を渡します。
長野さんは、どんな夏をお過ごしですか。

神奈川県/松下いづみ 






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