ハートフルコーチの泣き笑い日記

日々の発見やつぶやきなど。

心の距離のいい塩梅


兵庫の名和です。
子どもの個性と子ども自身が自分で決めることを大切にしておられるやまださんのブログを読んで、お気に入りのランドセルを背負ってご次男さんらしく小学校生活をスタートされる様子を想像しました。

コロナ禍でどこにも出かけなかった夏、家の片付けをしていると、書類に紛れて娘が小6の時のものと思われるメモ書きが出てきました。それには、「塾やめたい」と何度も何度も殴り書きがしてありました。それを見ながら、ああ、当時の私は、学習塾を続けた方が良い理由を事細かく説明して続けるように促していたわ…と、チクチク胸が痛み始めていたところ、その数枚下に、2008年10月22日と日付が書かれた極めつけのメモ書きが見つかりました。そこには「それをお母さんに言ったらもっとメンドーなことになった。言わない方が得することもある」と書かれていました。

ついに胸のチクチクはズキズキに変わって、娘の気持ちを全く受けとめていなかった当時の私と対面することになりました。当時の私の心中にはこんな思いがありました。
塾を辞めてしまうと中学で学力低下を起こすのじゃないか?という不安。しんどいからと投げ出させては根性のない人になってしまうのではないか?という不安。これから先、困難を乗り越える人になってほしいという願望。
親の思いは溢れれど、子の心、親知らず…の状態でした。その結果、自身の不安が小言になって、親が<良かれ>と思うことを子どもに押し付けるに終始していました。

こんな時、私は、ハートフルコーチ養成講座のノートや日記を繰って読み返します。すると、アンテナが作動するのか、それに関連するページがふと目に留まるのです。
2016年12月のところに、こんな記述がありました。
<娘が、家事の手伝いについての父親とのやりとりを愚痴ってきた。私は、「あなたがこうすれば?」的な正論を返した。「あーあ。ただ、お父さんの言い方に腹が立ったから、気持ちを聞いてほしかっただけなのに。言うんじゃなかった。余計に嫌な気分になったわ」と娘は踵を返して自室へ向かった。後ほど「気持ちを受けとめられなかったわ」と謝ると、「いいよ、そんなこと」さらりと娘が応えた。家事を率先して担ってほしい。このままだと、ひとりよがりな人になってしまうのではないかと不安…そんな思いが渦巻いていた。>と。

ついやってしまっている…8年前と同じこと。少し成長したところは、自分の不安を自分で処理しきれず娘の気持ちを受けとめる余裕が持てなかったことに気づいて、謝ることで軌道修正したところ。でも、日記の文面から、自身の気持ちがすっきりしていない様子がわかります。それは、互いの思いが伝わっていないもどかしさだと思いました。おそらく、私が謝る形で一方的に思いを引っ込めて、対話が成立しなかったからではないかと思います。

つい先日、娘が矯正歯科受診後に、話を聞いてほしいと言ってきました。歯列矯正を始めたい意向と、費用は本人の学資保険満期金の残額を使うので、家計に負担はかけないことは以前より聞いていました。かかりつけ歯科医からの紹介状もあったので、私はてっきり不正咬合の矯正だと思っていました。しかし、話を聞いてみると、少し突出ぎみの前歯を引っ込めることできれいな口元を作りたいという審美目的のもので、しかも健康な歯の抜歯を伴うとのことです。ひどい乱ぐい歯や出っ歯であれば致し方ないことだと思いますが、娘の場合、端から見る限り、なんら不具合を感じない程度のものなのです。美容整形に類似した感覚を覚え、いやいや、待て待て…と私の気持ちがざわめき始めました。私の価値観に相容れない話題が提示されたからです。
私が伏し目がちに、「もったいなくない?私より全然出っ歯じゃないと思うけど」と言うと、娘は、「誰かと比べてどうかという問題じゃなくて、私がどう思うかなの。お母さんは、反対なのね。反対されてまで、やることじゃないわね。やめるわ」と、明らかに良からぬ空気が漂いました。

そこへ、ピンポーンと酒屋さんの宅配。図らずも中座したことで、私はハッと冷静になれました。先ずは、大事なことを私に話してくれて嬉しいよね…と、気持ちを落ち着けました。
部屋へ戻ると、娘も冷静になっていました。
私は「心配のあまり気持ちがざわめいて、冷静さを欠いていたわ。あなたにとって、きれいな口元になることは大事なことなのね」と気持ちを受けとめると、「そう。惜しい部分をちょっと整えて、この顔を生かしたいの。」と娘は少し微笑みました。
「他人なら、ああそうなのね…と言えるけど、娘となると、健康な歯の抜歯はやっぱり、私は心配でね」と自分の気持ちを話すと、娘は「私が親でも、そう言うかもしれない。抜歯の話を聞いた時、私も正直<えっ…>と思ったよ。でも、そこは自己責任。残された歯を一本たりとも欠かすまいとより大事にすると思う」と。
「あなたの顔を生かすことで、さらに何かいいことがあるの?」と聞くと、娘は「自信が持てる。私には足りないものがいっぱいある。学歴、学力、そして聴力…。起立性調節障害で中高はマトモに行けなくて、進行性感音難聴で会話がますます聞き取れなくなってきてる。今、一番手に入れやすい自信が容姿なのよね。聞こえなくても、カワイイならいいやん!と思える。その自信がベースにあれば、次は、資格を取るとか、更なるステップアップを図れると思うの」と答えました。
「なるほど。そうなのね。あなたの思いがよくわかったわ」と言うと、「でもね、ここまで話して、思ったの。お母さんにしてこの反応なら、お父さんは言わずもがな。歯列矯正は多分すると思うけど、親に心配をかけることは自分が働いたお金で、実家を出てからやるべきやな…って」と、娘はすっきりした面持ちで言いました。

私も同様に、すっきりした気持ちになりました。それは、娘の気持ちを受けとめた上で、自分の思いを伝えられたから。そして、心の奥にある娘の思いを聞けたから。最終的には本人の選択、決定を尊重しようと、心からそう思えたからにほかなりません。
まず「気持ちを受けとめる」ことがベースとして最も大切なことだと思いますが、それにとどまらず、「自分の思いを伝えること」さらに、「相手の思いや考えを引き出すよう積極的に聞くこと」こそ、今の私には必要なようです。初めてそれができたことで、<心の距離のいい塩梅>を実感しました。
娘との物理的な距離はこれからだんだん開いていくことでしょう。でも、心の距離はいい塩梅に保っていきたいな…と思いました。

上村さんにバトンを繋ぎます。よろしくお願いします。

兵庫県/名和めぐみ 






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