ハートフルコーチの泣き笑い日記

日々の発見やつぶやきなど。

秋ですねぇ


千葉のなかみぞです。
大下さんのお話を伺って、娘達(小6双子女子)が話を聞いてほしいと思ったとき、真っ先に浮かぶ顔が私であってほしいなあと思いました。

先月、体育発表会(運動会の代わり)が行われました。競技は徒競走と演技のみ。毎年M子が活躍するリレーや親子競技もカットされ、学年ごとに時間を区切られて保護者も入れ替え制でした。児童一名につき保護者一名。毎年、来賓(敬老)席に陣取る向かいの爺婆は応援に行くことができませんでした。残念。当日は、1年生のお世話係で奔走するフタゴザウルスの姿が微笑ましく、1年生に混ざって座っていると、ひときわ身体が大きく感じられました。5・6年合同の演技も終わり、満足気な娘達の表情にホッとしたけれど、何だか気分が晴れない。なぜなら、全ての競技は午前中で終了し、子供達のお昼は給食。お弁当は要らなかったのです。

毎年5月に行われる運動会は、お友達の家族やゲスト(保育園でお世話になった先生達)と一緒にお弁当を広げて過ごす一大イベントでした。5月でも真夏のような暑さの中、手作りのアイスクリームを差し入れてくれるママがいたり、みんなで日陰で食べられるようにとタープ(大きな日よけ)を張ってくれるパパがいたり。そこかしこにたくさんのテントが張られ、ここはキャンプ場?と見間違うほど。食後には、子ども達はお友達とおやつを交換して回り、大人は応援席に移動してこっそりおやつを食べながら歓談し、リレーが始まると声援を送るという具合でした。今年で最後の運動会。心して唐揚げや卵焼き、たこウインナーを作ろうと思っていたのに。中学校に入ったら、運動会はあっても、もう親子でお弁当をつつくことはありません。昨年が最後だったなんて。まだ小学校を卒業してもいないのに、早々と想い出に変えなければならないの?振り返りはまだ先(来春の卒業式)でいいじゃないと、戸惑う自分がいました。
また、運動会当日には、保育園の先生だけではなく、転任した担任の先生や学童の先生の姿もあり、私の子どもは親以外の人にも愛されているのだと実感できる一日でもありました。毎年の「大きくなりましたね。」、「お姉さんになりましたね。」という会話では、娘達の身長が伸びて、顔つきが変わったことを再認識するのだけど、それと同時に、「お母さん、また1年頑張りましたね。」と言われているような、労いの言葉にも聞こえていたのです。あの温かい光景に包れていたのは子どもだけではなかった。私も包まれていたのだと気付いたら、涙があふれてしまいました。

そして、先日、2種混合(第2期)の予防接種に行ったら、「はい、これで受けていただく一連の予防接種はおしまいです。」と言われました。え?おしまい?あんなにたくさん種類があったのに。「ママのおひじゃがいい」と順番に抱っこして注射をしていたことが懐かしい。最後ならママのおひざを貸してあげればよかった。

さらに3人乗り自転車ともお別れがありました。パンクしたので修理に出したら、中のチューブに複数の穴が開いていて、スポーク(タイヤを支える放射線状のパーツ)も1本折れており、前輪も後輪もタイヤ交換するのも時間の問題とのことでした。これまで10年間、よくぞ頑張ってくれました。どちらが前の席に座るかでもめて、保育園の前で立ち往生。見かねた園長先生がおんぶ紐を貸してくれて、一人はおんぶしながら自転車に乗って帰ったこともあったよね。車の運転ができない私にずっと寄り添ってくれてありがとう。
まさに満身創痍。職場復帰してまもなく、帰りの電車で吊り革につかまりながら寝てしまい、席を譲られたこともあったな…夜泣きによる睡眠不足でボロボロだった自分とも重なって、不覚にもこれまた涙が出てきてしまいました。

早めの振り返りに、「早く子離れしなさい」と言われているようで淋しさが募ります。
けれど、淋しいと思うほど全力で子育てしてきた、精一杯、子どもを愛してきた証拠じゃない?想い出の中の私はいつも頑張ってきたのだ。よくやったね!と自分のことを褒めてあげたくなりました。
子育ても秋の季節にさしかかったのかな。これからは眩しい太陽の日差しというより、月明かりのような愛情を注いでいこうか。昼間は見えないけれど、暗い夜道を照らすような。姿形を変えながら見守っていこう。娘達の記憶の中にも、周囲の人から愛されていた感覚が残っているといいなあ。大好きだった恩師の顔、薫風の中で食べたアイスクリームや母の卵焼きの味が、何かの支えになることを祈るばかりです。

それでは、東京の本藤さん、よろしくお願いします。

千葉県/中溝浩子 





No. PASS