ハートフルコーチの泣き笑い日記

日々の発見やつぶやきなど。

親の役割


広島の來山です。

上村さんらしい素敵な涙の話。上村さんの気持ちや涙をご両親が愛情たっぷりに丸ごと受けとめてこられたからこそ、上村さんは思いっきり泣けるし、周りの人の涙もそのまま受け取れるのだと納得しました。

振り返ってみれば、9年前にハートフルコミュニケーションに出会う前の私は、子育ては、親が子どもをいい子にすることだと思っていました。だから、子どもがみんなに好かれて、色々なことにチャレンジして、何でもできるように教えてあげることが親の役割だと思っていました。

そんな私は、生まれたばかりのもうすぐ20歳の息子と対面した時、愛おしさを感じると同時になぜか「私はこの子を立派に育てられるだろうか」、というぼんやりとした不安を抱きました。現在24歳になる娘が泰然としているのに対して、息子のひと時も私から離れない後追いの時期、終わりのないイヤイヤ期にどう対応したらいいのかわからなかった私は混迷していました。その後、幼稚園に行きたくないと泣いてばかりいる彼を受け止めることができず、どうにかして変えなければと焦っていました。

だから、小学校に入った彼に、学校から帰ったらきちんと道具を片付けて、宿題を最後までやって、明日の準備をしてと、彼の意見は聞かないままに、彼がすることを私が決めて、それができるように、「あれをして、次はこれ」と、彼に指示する毎日でした。そこには、彼が学校で困ったらいけないから、勉強についていけなくてつらい思いをしないように、という私の切なる願いがこもっていました。

しかし、思春期に差し掛かり自我が芽生えた彼は、私が言えば言うほど反抗し、彼がそうならないようにと思ってやってきたことが、却ってそうなるように進んでいるように思えてきました。そして、私が今のままの私では、彼をいい方向に向かわせることができないのではないかと限界を感じ始めたのです。

そんな時に出会ったのがハートフルコミュニケーションでした。ハートフルコミュニケーションを学びながら、私は彼のためにと自分がしてきたことが、ヘルプ(「できない」人のために、その人に代わってやってあげること)であると知りました。彼を「できない」とみなしていた(そんなつもりはなかったのですが)私の子育ては、彼から自分で考え、管理し、選択し、成し遂げる喜びを奪い、今のこの弊害を生んでいることを知ったのでした。

私は、私の不安を払拭するために彼を自分の思い通りにしようとするのではなく、彼が自分で考えて行動できるように、何よりも彼が幸せに自立できるように、自分を変え、彼への口出しをやめる必要があると感じました。

しかし中学に入学すると、途端に勉強量や自分で管理しないといけないことがどんどん増えていっているのに対して、彼が適応できているようには見えませんでした。だから、学校から「高校入試には1年生からの内申が反映されるので、普段から課題や提出物をご家庭でも気を付けて」などと聞くと、私のどうにかしなければという気持ちが駆り立てられました。

そうして、とうとう中学入学で張り切っていた彼の元気が段々となくなっていきました。頭痛や腹痛を訴えるようになったのです。それにもかかわらず、私は彼が学校に行けなくなったらどうしようと、つらい彼を受け止められず、学校に行くよう促しました。そうしてまだ暑さの残る秋の初め、仕事から家に帰ると、家中の窓とカーテンを閉め、真っ暗な部屋で毛布にくるまっている彼を見ました。彼の姿に、自分がここまで追い込んでしまった茫然自失しました。

親にとって、つらい様子の子どもを見ることほどつらいことはありません。そして、とにかく生きていてくれれば、元気でいてくれればそれでいいと、ここまで来てやっと、私はどんな彼でも受け入れる覚悟をしたのです。
「こんなにつらい思いをさせたのはお母さんだね。ごめんね。学校に行けないのもわかったよ。お母さん、これからはあなたのことを責めたり、無理強いさせないようにしようと思う」と謝りました。

初めのころは布団から抜け出せない日々が続いていた彼ですが、もともと娘とは仲が良く、夕食は家族と食べていました。その時はできるだけ彼を責めることはしないよう、夫も気を配ってくれていました。すると、段々と私たちとリビングにいる彼の時間も増えてゆきました。そして私が食事を作っていると、最初はそれを見ているだけでしたが、段々と興味を持ったのか、包丁を持ったり、鍋を振ったりするようになりました。彼は自分がしたいことをし始めたのです。

その内、「これから先どうしようと思うの?」と聞く私に、「高校ぐらいは行かんといけん」と言うので、私は新聞記事で見つけた、通信制の高校の紹介を彼に見せると、「オープンキャンパスに行ってみる」と言ったので、一緒に行ってみました。彼は面接を受けるとその学校に入学できると知ると、その日のうちに面接を受け、自分が高校に行く道を見つけて、安心したようでした。私が心配しなくても、彼は自分自身のことを必死に考えて自分自身でどうにかしようとしていたのです。

その通信高校は自分のやりたいようにカリキュラムを組んで単位を取る高校だったので、彼は沢登りやケーキのデコレーション、マインドマップなど自分がしたいことを選択し、学園祭にはきゃりーぱみゅぱみゅの変装をして、ボーカルを務め、みんなを楽しませたことを話してくれました。私は息子にそんな側面があることに驚きました。私が指示をしなくても、自分が決めたことをやっていく彼がいました。

そうして、高校の卒業を目の前にして、自分のやってみたいことを見つけて、そのための専門学校に入学したのでした。それからも、好きなものは頑張り、そうでないものはそれなりに頑張った彼は、今年の秋、自分で会社を決め、就活して就職の内々定が決まったのです。

私は彼自身のことは彼に任せることで、彼が彼らしくいることの大切さを知りました。彼の中には自分を育てる力が組み込まれていたのです。子どもが困りはしないかと心配して、私が彼の問題を解決しようとしたとき、彼がじっくりと考えたり、葛藤したりしながら成長する機会を奪っていたのだと今だから思えます。彼が必要と感じ、やりたいと思ったことをただ応援していれば、彼は彼にとって一番自然な形で自分を成長させることができるのだと私は彼の子育てを通して学ぶことができたのです。彼の人生は彼に任せて、ちょっと離れたところから彼を眺めながら、「頑張ってるね!」とエールを送ることが私の親としての役割なのです。

でも彼に対してあんなに抱えていた私の心配や不安がなくなったかというと、そんなことはありません。もしかしたら、この先その心配が現実になることもあるかもしれません。
でも、私が自分の子育てに行き詰まり、彼を追い詰めてしまったあのとき、ハートフルコミュニケーションを学んだことで新たな視点を得、少しずつですが状況を変えることができました。だからもし、彼にピンチが訪れれば、それは彼の成長の時なのだと思います。そんな時は、内心おろおろとしながらも、つらい彼をそのまま受け止め、彼が成長できると信じてじっと待ちたいと思います。

五十君さん、最後のたすきをお渡しします。

広島県/來山美和子 



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次回の泣き笑い日記は新年1月4日に掲載いたします。
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2020年12月21日(月) No.492 (日記)

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