ハートフルコーチの泣き笑い日記

日々の発見やつぶやきなど。

思いがブレたわけ


千葉の小林です。
山田さんの「ずる休み制度」、いつでも現実逃避ができると思えるほうが、その安心感から踏ん張れるのかもしれないなと思いました。私も「〜するべき」「〜するべきではない」に支配されないようにしたいです。

さて今回は、母との関係性について書いてみようと思います。
母はとても真面目な性格で、まさに「〜するべき」という考え方をします。私が学生の頃から、学生は勉強するべき、恋愛はするべきではない、といった価値観があり、私が結婚してからも、家は賃貸より買うべき、3歳までは母親がみるべき・・といった感じです。母に「〜するべき」の理由を聞いてみると、いつも正当な返答がきます。例えば、「社会人になってから勉強しようと思っても時間がないのよ、だから学生は勉強するべき」とか、「高い家賃を払っていても自分のものにならないし、ドブにお金を捨てているようなものだから賃貸にするべきではない」など。ただ、その中で、さらっと抵抗なく受け入れることができるものと、とても気持ちが揺れることの両方があることに、今回ある出来事をきっかけに気が付きました。

その出来事とは、大学浪人生の息子が髪を金色に染めました。茶髪ではなく金髪です。自撮りした写真を仕事中の私にラインをしてきました。高校卒業まで野球部で丸坊主でしたので、思わず「似合うじゃん!」と返信をしたくらい、私にとっては新鮮でしたし、孤独な浪人生活なのでこのくらいの楽しみはいいのではないかと思っていました。
それからしばらく経ち、私が不在の時に隣の市に住んでいる母が遊びに来たのです。息子の金髪を見て驚いたらしく、すぐに私に電話を掛けてきました。「真面目に勉強するべき時でしょう」「よくそんなことを許したわね」「私の知っているリンちゃん(孫)じゃないわ」「ご近所の目も考えて」と言ってきたのです。翌朝には「考え込んでしまって眠れなかった」と電話をしてきました。孫に怒っているというより、私の子育てを批判しているように感じました。
その時私は、息子の中身を見ず、世間体ばかり気にする母にいらっとしました。「そんな近所の目なんて気にしたってしょうがないよ」と、少し反抗気味に伝えましたが、母は納得しません。「別に中身は変わってないから大丈夫だよ」と伝えることが精一杯で、足早に電話を切りました。

そのあと、私の悶々とした気持ちが収まりませんでした。電話では息子を擁護したのですが、母の言うことは間違っていないかもしれない・・母親として金髪を許してはいけなかったのかもしれない・・と思った私は、ドラッグストアに行き黒髪に戻すヘアカラーを買いました。予備校から帰ってきた息子に、開口一番「髪のことだけどさ、浪人生なのに大丈夫なの?ってみんなに思われちゃうよ、おばあちゃんも心配しているし、髪を黒くしよう」と言いました。その時の息子の顔は忘れられないです。「なんで手のひらを返したことを言うの?おばあちゃんに言われたからってそんなのおかしいよ、ムカつく」と、信じられない!といった表情で訴えてきました。

もうそれ以上は言えませんでした。私自身も一貫性がないことに気付いていたからです。似合うじゃん!と肯定したのに、真逆のことを言っているのもわかっていたので、自分の中で何が起きたのだろうと考えました。それは、母の期待に応えなきゃという無意識が働いたのだと思いますが、特に「世間の目」のことを言われたときに心が揺らいだのです。そういえば、家の草むしりをさぼっていたときも、「雑草の種がほかのお宅に飛ぶと、迷惑だなと思われるわよ」と言われたときに、重い腰をあげて取り掛かったのを思い出しました。小さいころから、母の「〜するべき」の中で育ち、私が選択することがあまりなかったかもしれず、いつも母が石橋を叩いてくれて、その橋を渡ってきたような気がします。ただ、その目的が「ほかの人からみて恥ずかしくないように」という石橋だったような気がします。
それに気づいたとき、私が母に言われて一番嫌なことを息子にも言ってしまったのは、こんなふうに私を育てた母のせいなのではないかと責めたくなりました。でもそれは間違いです。ハートフルコミュニケーションで、「親はそのやり方しか知らなかったのだ、親は親なりの最大限の努力をしてくれたのだから、責める必要はない」と学んだのを思い出しました。

私は母が大好きです。夜遅くまで仕事をしていた母の背中を見てきたので、私も働くことが大好きな大人になりました。仕事も子育ても、母に認めてほしくて頑張っていることも多々あるように思います。苦労をして育ててくれたことも充分わかっているので、喜んでもらいたい、心配はかけたくない、そんな気持ちが私には強いのかもしれません。でも、息子が金髪になって、新鮮だな、その勢いで受験に立ち向かえ!と思ったのは、私の主観であり、息子の母親である私が感じたことです。誰になにを言われても動じることはないのだと思います。しかし、母に「世間体」のことを言われると、ものすごく不快な気持ちになるので、今はまだその話を避けています。母にもし、「染めるような時間があったら、単語のひとつでも覚えなさい」と言われたとしたら、「そうだね」と言えるのですが、「周りからどう思われるか」と言われると、私の心がざわざわします。息子の気持ちを尊重したいと思っているのに、また揺らぐのではないかと不安です。それはきっと、私も世間体を一番気にしているのかもしれなくて、一番気にしていることを敬愛している母から言われるのが嫌なのかもしれません。母には世間体なんて気にしなくていいよねと、本当は言ってほしいのかもしれません。

一体、「世間体」って何なのでしょう。周りの目を気にすることでモチベーションに繋がることもあるかもしれません。でも、決定権が自分ではなく、周りがどう思うかによってそれが変わってしまうことにも成り兼ねないのではと思います。私の中の「世間体」は母も含めてなのかもしれないです。

母とゆっくり話がしたいです。でも、母に期待をしたり、責めたりするのではなく、母が心配をしてくれていることに感謝をしつつ、息子の気持ちを尊重して見守りたいと思っていることを丁寧に伝えてみようと思います。次にいつ会えるかな・・そんなことを考えながら、洗面台に置いていたヘアカラーを引き出しの奥にしまいました。次に出すときは、息子が自分でそれを選択したときです。
それではこのへんで、田中さんにタスキをお繋ぎします。

千葉県/小林由美子



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