ハートフルコーチの泣き笑い日記

日々の発見やつぶやきなど。

あの時の感覚を思い出して


埼玉の岩田です。
「お母さんは聞いてない・・」、私も何度も言われた言葉です。日々の仕事に追われているなかで手を止めてしっかり子どもの方を向いて聞くのは至難の業です。安村さんご自身がお子さんたちに歩み寄る姿がとても素敵だと思いました

私がハートフルセッションのテーマ「愛すること」を頭に思い浮かべたときに、真っ先に浮かんでくるのは家の向かいのおばあちゃんとの思い出です。
今回は、私にとって不思議な存在であるおばあちゃんのことを書いてみようと思います。
特別に何かをしてくれた覚えもありませんが、ただあるがままの私をいつも静かに笑顔で見ていてくれた、考えてみると私の在り方の原点となる人なのかもしれません。
そこには穏やかな優しい空間があり、ふわふわと心地良い感じがしました。
そして言葉があるわけではなくただ一緒にいるだけ、自然体でいられるそういった感覚を教えてもらった気がします。

私は父、母、兄、私の4人家族でした。核家族だったのでおばあちゃんのいる家族がとても羨ましいなと思っていました。
サザエさん一家のように、叱られても優しく受け止めてくれるおばあちゃんがいてくれたら悲しくても寂しくてもどんな時も頑張れるんじゃないかと思っていました。
私の家は自営業だったので、いろんな人が訪ねてくるのは当たり前でした。向かいのおばあちゃんもそのなかの一人で、時々訪ねてきては母とよくおしゃべりしていて、私はそのそばにいる時間が大好きでした。

そして4〜5歳の頃だったでしょうか。
ある日おばあちゃんが一人で遊びにおいでと言ってくれた時は、初めはドキドキしましたがすぐに嬉しいことに変わりました。母はよその家にお邪魔した時には、ひとつひとつの所作に厳しかったので、母がそこにいたら、絶対にダメというだろうということ・・・家の中を探検したり食パンにケチャップとマヨネーズを付けて食べさせてもらったり、何をしても許されることがとても嬉しかったのです。

「私もこんなおばあちゃんになりたいな」
なぜか物心ついた頃から、自分がおばあちゃんになって縁側でニコニコと穏やかな気持ちで座っている姿をイメージしていました。
その影響もあり、私がいつも心に留めてあるのは、居心地の良い空間です。

しかし、それは仕事や子育ての中や対人関係でめまぐるしく変わる日々の中で感じることはとても難しくなっていきました。
特に気になったのは長女との関係です。娘たちにはあるがままでいいと思っていたはずなのに、いつの間にかまわりの子育てと自分たちの子育てを比べるようになり、母から教わったように、私も娘たちに所作などをしつけていました。思うようにいかない子どもたちの態度にイライラすることも増え、いつも怒ってばかりいたように思います。

そして4年生になった長女が、給食を食べられなくなり学校へ行きたくないと言いだしました。
その時の私は、娘のことより学校へ行けなくなったことが、とてもいけないことのような気がして、なんとか学校へ行かせることばかり考えていました。自分が何とかしなければと、やればやるほど空回りしていました。
娘にどうしたいかを聞いても「分からない」と「めんどくさい」を繰り返すばかり。私長女を理解することができませんでした。長女はお喋りがとても好きだったのに私と距離を置き始め、口数も減ってしまいました。

そんな日々を過ごしながら、ひとつだけ心のどこかで、あのおばあちゃんと過ごした感覚を取り戻すことができたら、きっとこの状況は良くなるのではないかと思いだしていました。
もしおばあちゃんだったら、きっと聞き出すこともしないだろうし、何かしてくれることもなく、話したくなるまで待ち、そっと見守ってくれていただろうと思いました。
そして長女の無気力な様子を見ていて、人は生きていて存在してくれているだけで、他に何が必要なんだろうという問いに辿り着きました。

そこで、私は長女から話したくなるように、こちらから働きかけることは止め、長女にプレッシャーをかけることをやめました。そして私自身が母から教えられたことは本当に必要なことなのか、振り返りながら向き合っていきました。
すると長女に対して「あなたが存在するだけで嬉しい。」と思えるようになり、自然とたわいのない話ができるようになっていきました。

ある時、楽しそうに通話をしながらゲームをしている長女に「楽しそうね」と話すと、「全然楽しくない」と言うのです。「人前ではつまらなそうにしないこと、いつも笑っていることをママに言われてから何ひとつ楽しむことができない」ということを話してくれました。
そんなことを私が言ったことさえ忘れていました。長女に楽しい思いをして欲しいという私の願いが間違った形で伝わっていたなんて・・・。

今では、外出に誘ってもいい返事をしなかった娘が誘いに乗ってくれるようになりました。長い間摂食障害で、食事に関しても話題を持ち込まないようにしていましたが、食べたいものを見つけてはコンビニに連れていってほしいとお願いされるようになりました。

冷静に振り返ってみると、所作に厳しかった母も、子どもに気持ちよく過ごして欲しいという願いがあったのかもしれません。
しかし長女がありのままでいるためには、複雑に考えることではなく、どんなことがあっても寄り添って見守れる親であることが大事でした。それは、子どもを信じることにも繋がります。
ありのままでいることが、どんなに嬉しいものかを教えてくれたおばあちゃんに、心から「ありがとう」と伝えたいです。

それでは、バトンを渡海さんに渡します。

埼玉県/岩田元子  







No. PASS