ハートフルコーチの泣き笑い日記

日々の発見やつぶやきなど。

それぞれの成長


埼玉の岩田です。
子どもが教えてくれなければ、自分から覗いてみようと思わない世界」という安村さんの言葉に思わず大きく頷いてしまいました。子どもが見ている世界は、親には未知な世界でもあり私も、もっともっと私も楽しみたいと思いました。

長女が成人式を迎えました。20年の月日を振り返ると本当にあっという間で、やっと「親になれた!」と思った時には20歳という、、、私自身「子育て」よりも「親育ち」に集中した期間だったように思います。
成人式では最初から最後まで参加出来、お友達との再会に嬉しそうに出掛けていく娘の姿に、もう私の役割は終えたとホッと胸をなで下ろす1日でした。

娘が小学校4年生の時でした。食事が喉を通らなくなるほど彼女が思い詰めてしまい、すべてのことにやる気を失ってしまい、学校へ行けない時期がありました。

何があったのか、どうしてなのか理由が分からないうえに、何に対しても「めんどくさい」とこちらからの働きかけに応じることはほとんどできませんでした。
娘はもしかしたらできるのに、できないといっているのではないかと疑うこともしばしば。それでも食べることができないということは、生きることにさえ意欲を失っているのではと思い直し、何でもやってあげていました。

娘が不登校になった時に、私がいちばん気がかりだったのが、親には教育を受けさせる義務があり、子どもには教育を受ける権利がある。という法律でした。娘が不登校になった当時は、娘の状態よりも親としての義務を果たせない自分はダメなのではないかと思ったのでした。

はじめは親としての義務を果たすために手を尽くしました。娘は悲しそうな表情を浮かべながらも、頑張っていましたが、私の働きかけがなくなれば娘は動かなくなり、私の体力も次第に力尽きていきました。
そのうちに私まで、ご飯を作るのもめんどくさい、掃除をするのもめんどくさい、あれもこれもやらなくちゃいけないのに全部中途半端で、できていない自分に苛立つようになりました。娘の「めんどくさい」という気持ちが痛いほどよく分かりました。

親としてやらなければならないことはたくさんあるのに、すべてが義務感で、本当の自分は何もかも投げ出したいと思っていました。そして、親から教わったことやまわりの声に応えることをいつも優先にして、自分がどう思うかは後回しにしていたこと、娘にもそれを強要していたことを後悔しました。

それからは、やる気を失った娘にやらせようと思うことは辞め、自分がもっと意欲的に何でもできるようになりたいと思うようになりました。子育てについては本をたくさん読みました。学ぶため、これはと思うものに足を運び、ハートフルコミュニケーションに出会いました。
ハートフルコーチ養成講座は、私が初めて自分の意志で学びたいと思って申し込みました。

養成講座でのコーチング練習をしていて驚いたことは、目標を目指しているうちに「やっぱり辞めます」という答えに辿り着いたときでした。目標は達成するものであり、諦めてはいけないと思っていたのでコーチングを重ね「辞める」選択もあることを知り、心が軽くなりました。
「やらなくてもいいし、できなくてもいいのよ」といってくれるハートフルコーチの声かけは、このままではいけないと焦る私に安心感を与えてくれました。このままでいいゆっくり進んでいこう、そう思えるようになり具体的に考えていくと、少しやってみようかという気持ちがわいてきました。

片付けをテーマにコーチングをした時には、具体的に捨てる物と捨てられない物など、細かく話を聞いてもらっているうちに気持ちが楽になっていきました。なぜならそれまでは汚い部屋を恥ずかしいことだと思い、人に知られることを恐れていたからです。しかし講座では同じようなテーマを扱っている人も多く、それを話す事に抵抗はなくなっていきました。
何から始めれば良いのか分からず漠然と不安や焦りしかありませんでしたが、話していくうちに、散らかっていることに不快を感じており、その不快がはっきりすることで抵抗が和らいでいくことに気付きました。

やらなければならないという義務感に駆られた時は、できないことだけに目がいってしまい、不満をためるだけで行動に移すことができませんでした。しかし、義務ではなく、「やりたい」と思うことに向かっていくと、そこには新たな出会いや発見があり、ちゃんと必要な時に必要なことを学んでいることを実感しました。
娘は高校生の時、再び学校へ行けなくなり、通信制高校に編入してから家からほとんど出ない生活が続いていましたが、大好きなゲームで知り合ったお友達もできました。最近では自動車学校に通うことを決めました。あれだけ嫌がっていた外食もできるようになり、娘は娘で成長していて何ひとつ心配はなかったんだと思えるようになりました。
思うままに行動する喜びを、今は娘と共に味わっています。

それでは、バトンを渡海さんに渡します。

埼玉県/岩田元子 







2023年03月06日(月) No.609 (日記)

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