ハートフルコーチの泣き笑い日記

日々の発見やつぶやきなど。

子育てからの学び


タイの瀧澤です。

先日、我が家の一人娘が小学校のディベート大会に参加しました。学校代表チームのリサーチ担当に選ばれ、娘はとても嬉しそうでした。
リサーチ担当は、議論を支えるために情報を集めて分析し、スクリプトを作成したりする、表にはでないけれど重要な役割です。人前で話すことが苦手、文章を書くのが好き、と言う娘にはピッタリの役割だなと思いました。自分の得意なことで、チームに貢献している娘の姿をみて、とても嬉しく感じました。

そんな娘の成長を喜ばしく思う私ですが、以前は「娘をどう育てればいいのか」と悩むことが多く、子育ての難しさを感じていました。「娘をもっと理解し、より良い関係を築きたい」、そう思い、子育てについて学び始めると、私の中で少しずつ変化が生まれました。

娘は幼い頃から自分のペースを大切にし、しっかりと自分の考えを持っている子でした。子育てについて学ぶ前の私は、その性格が将来の生きづらさにつながるのではないかと心配していました。朝の準備はゆっくり、嫌なことははっきり嫌と言う、そんな娘の姿に集団行動で苦労するのではないかと不安を感じていました。私は母親として、「娘を社会で困らない良い子に育てなければならない」と思い込んでいました。

そのため、娘のそのマイペースさを直そうと、毎日のように注意し、口出しをしていました。しかし思うようにはいかず、「どうしていうことを聞いてくれないのだろう?」と、彼女の行動を理解できずにいました。

その一方、娘と接しているなかで、彼女のマイペースさが彼女の良さにも思えてきて、「私がこの子の良さを潰しているのでは」と感じることも増えていきました。娘のためを思ってのはずの注意が、彼女の表情を曇らせるだけで、良い方向に向かっているとも思えず、このままでいいのか、迷いを抱えていました。

そんな時、「人には生まれ持った気質がある」ということを本で知り、興味を持ちました。「私がこの子の良さを潰しているのでは」と感じた理由が、そこにある気がしたのです。娘のことを理解したいと、私はその本に書かれていたハートフルコミュニケーションを学び始めました。

学びを進めるなかで、「私にとっての“当たり前”は、娘にとっては違うかもしれない」と気付きました。
同時に、フランスやタイでの生活を通じて、さまざまな常識や価値観の違いを日々感じてきたはずなのに、身近にいる娘もまた、それぞれの気質や価値観、性格を持った個人であることを、私は見逃していたことに思い至りました。
いつもそばにいる家族だからこそ、つい「自分と同じ」ように感じてしまっていたのだと思います。
「どうして言う通りにしないのだろう?」と思っていた娘の行動にも納得できるようになりました。

娘のマイペースさや意思の強さは、私が直すべき問題ではなく、彼女の大切な個性であり、だからこそ、私がすべきことは「良い子」に変えることではなく、「娘の良さを理解し、伸ばすことで、娘が幸せに生きられるようサポートすること」だと気付きました。

娘のやり方を尊重し、私のやり方を押しつけることをやめました。そうすることで、娘との関係が少しずつ変わり、私自身の考え方にも変化が生まれました。娘を受け入れることは、私自身と向き合うことでもありました。

娘の行動を理解しようとする一方で、私は、娘の何気ない言葉にイライラし、つい強い口調で返してしまうことがよくありました。
例えば、ある朝、娘が「体操服がない!」と慌てたとき、私は「どうして昨日のうちに準備しなかったの?」と責めるように言ってしまったことがありました。そんなふうに言った後はモヤモヤするのに、その感情の正体について深く考えることはありませんでした。「娘の言動が私をイライラさせる」と思っていたからかもしれません。

でも、責めるように言った後の娘の悲しそうな、時には怒ったような表情を見るたびに、「これは娘の幸せにつながるとは思えない、何とかしたい」と思っていました。

そして学びの中で、その「何とかしたい」を解決する方法に出会いました。それは、イライラやモヤモヤを感じたときに、自分のその感情に気付いて、止まって、考えることでした。

強い口調で返している時、私は娘の言葉を「責められている」と無意識に受け取っていたことに気付きました。「母親として正しい対応をしなければならない」という思いが強く、「忘れ物」「時間に遅れそう」など、私が気を配れば防げたはずの(と私が勝手に思っている)ことを娘が口にしたとき、自分を否定されたように感じて、自分を守るために強い口調で伝えてしまっていたのです。実際は娘はただ困っていただけで、私を責める意図などなかったと思います。

「娘の言葉がイライラの原因なのではなく、私が勝手に責められたと感じていた」と気付いたときは、驚きもあり、自分にがっかりもしました。でも、自分の感情と向き合いその正体を知ることで、対処法を考えることもできるのだと知りました。娘の言葉を素直に受け止められるようになり、以前よりも娘の気持ちに寄り添えるようになりました。

子育てについて学ぼうと思ったきっかけは、娘をもっと理解したいと思ったからでした。けれど、振り返ってみると、それは私自身を知る学びでもあったと感じます。
娘を理解しようとする過程で、私の価値観や感情のクセに気付き、自分自身と向き合う機会を得ることができました。

まだまだ私の子育ては続きます。これまでとは違った問題に娘も私も向き合う必要がでてくるかもしれません。これまで感じたことのない感情に出会い、悩んだりすることもあると思います。その時には、これまで学び、実践してきたことを思い出し、娘が自分らしく、幸せな人生を送ることができるようにサポートしていきたいと思います。そして、私も自分らしく人生を楽しむために学び続けていきたいと思います。

それではこの辺で、私からの最後のバトンを、ジャカルタの鈴木さんへお渡しします。

タイ/瀧澤かおる 




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