“恵まれている”ってどういうこと?
私もつい解決策や改善案を出したくなるタチなので、菅原さんの日記を読んで、相手が「解決したい」と思っているのかどうか、考えてみる癖をつけてみようと思いました。
こんにちは、東京の㓛刀です。
今回は、つい最近起きた私の「猛省案件」を、恥を忍んで綴らせていただきます。
ある晩、息子とリビングで何気ない会話をしていました。話の流れはもう覚えていませんが、そのとき息子がふと「僕は周りの人に恵まれている」と言ったのです。
これまでも彼は時折、同じような言葉を口にしてくれました。彼の言う「周りの人」とは、祖父や故人となった祖母、母である私、親戚家族、家庭教師だったMさん、私の仕事仲間など、息子の成長を温かく見守ってくれている大人たちのことを指します。「そんなふうに感じてくれているのか」と、これまでは素直にうれしく思っていました。
ところがその夜は違いました。その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に複雑な感情が湧き上がり、私は思わずこう言ってしまったのです。
「どこが恵まれているの? 別に恵まれてないでしょ」
照れ隠しの冗談めかした言い方ならまだしも、私は真顔で、低い声でその言葉をぶつけました。「つい、うっかり」ではありません。はっきりと、息子に届くように言ったという自覚があります。
私の言葉は、息子の胸に深く突き刺さりました。彼は怒りを押し殺し、無言のまま耐えていました。
その一方で私は、「ごめん、今の言いすぎだった」とすぐに謝ることができませんでした。ネガティブな感情が押し寄せ、私は無言の息子をじっと見つめながら、さらにこう続けてしまったのです。
「だって恵まれてないでしょ。母子家庭でお父さんはいないし、私は忙しいばかりで大した稼ぎもない。あなたが将来、何かを学びたい、外国に行きたいと言ったって、私は応えられないかもしれない。だからあなたは可哀想なのよ。恵まれてなんかいないの」
「……なんだよ、俺は不幸だって言うのか?」
息子はしばらく沈黙したあと、「もう生産性のない会話はいいよ」とぽつりと言い、風呂場へ向かいました。翌朝、息子はベッドから起きてこず、久しぶりに学校を休みました。
彼が不登校だった頃の朝の重たい空気がよみがえり、胸が押しつぶされそうになりました。「なんてことを言ってしまったんだろう。」後悔の念に襲われました。最近はどんなに眠くても自分で起きて「行ってきます!」と元気に家を出ていた息子が、親の言葉にこんなにも力を奪われるなんて。私自身の愚かさに呆れると同時に、息子のまっすぐな心を思い出して、ますます胸が締めつけられました。
息子が私に失望しても当然です。母親というのは、子どもの幸せを願い支える存在です。私もそのように努力してきたはずなのに、その私が「あなたは可哀想な子だ」と突き放し、それまで努力してきた自分をも貶めたのですから。
本当に私は息子を「恵まれていない」と思っているのかと自問すれば、即座に「違う」と答えられます。だのになぜあの日、私は物の怪に取り憑かれたように、あんな言葉を吐いてしまったのでしょう。
その真意を見つめるのは苦しいことですが、もう二度と繰り返さないためにもきちんと開示したいと思います。
あの日、息子の「僕は恵まれている」という言葉は私の腑に堕ちず、違和感を覚えました。彼の言いたいことを理解しつつも、その上から違う次元の価値観を被せ、彼の健やかな心の動きに蓋をしてしまった。それはなぜか。まっすぐな眼差しと満足そうな表情を見た瞬間、「期待しないで」と感じてしまったのです。そして私自身、子育する中で様々な厳しい局面にぶつかり、苦悩してきた。いま現在もたくさんの悩みや不安を抱えている自分のなまなましい感覚と息子の言葉のニュアンスとの乖離に苛立ったとも言えます。
これから先、どこまで彼を支えていけるのか、最近、自信がぐらつきがちでした。大学受験を控え、こちらも大学の情報を調べだすと、息子に「こんなこともさせてあげたいな」「あんなこともさせてあげたいな」と想像が膨らみ、「でもうちにはそんなお金ないな」「奨学金も返済が大変だろうな」と、結局、自分の無力さを感じるハメになっていました。「もし父親がいたら」「もし私にもっと稼ぐ力があったら」……そんな“たられば”や不安、自信のなさ、情けなさ、もどかしさ、苛立ちが、あの日、全面的に私を信じてくれている息子の前で、一気に噴出してしまったのだと思います。いや、そんな息子にだからこそ、聞かせたいと思い感情をぶつけたのだと思います。
我が子に対して、なんと甘えてしまったのか……。普段は見せない自分の奥底にある感情。それを露呈することは悪いことではないかもしれません。でも言った後の自分の罪悪感を考えると、自分の中の不安や苛立ちの発散は別の手段をとった方がいいと思いました。
息子が学校を休んだ日、いつまで経っても部屋から出てきませんでしたが、夕飯の支度を終えた頃、ようやくリビングに降りてきました。無愛想な表情でしたが、私を寄せ付けない気配はありません。彼の顔つきは、私に傷つけられた“被害者”ではありませんでした。少しホッとして、食事が済んでしばらく経ってから「少し話ししようか」と切り出すと、息子は「うん」と言いました。
「昨日はひどいことを言って、本当にごめんなさい」
まず謝罪の言葉を伝えました。そして、彼の優しさに甘えて、自分が感じている不安や不満をぶつけてしまったのだと説明しました。息子は苦笑いしながら、黙って話を聞いてくれました。その後、私は彼がなぜ「自分は恵まれている」と言ったのか、自分の理解を話しました。
「母子家庭とか、お金があるとかないとか、そういう価値観で言ったんじゃないよね。毎日一生懸命に働いて、ご飯もお弁当も作って、おじいちゃんの面倒も見て、息子の最大の話し相手にもなっている。そういう私の姿を、あなたは誇りに思ってくれているんだよね」
そう話すと、息子の目に力が戻り、うなずいてくれました。そして、ぽつりと「もう悲しいことは言わないで」と呟きました。私が自分の不安や苛立ちを彼にぶつけたことは、息子にはショックだったと思います。でもその内容を息子は受け止め、彼なりに消化してくれたようでした。私は「〇〇ができない自分」に落胆していたけれど、彼はあるがままの私を肯定してくれているのだと痛感しました。
家族の絆、家族への誇り——それは、お金や物質的な豊かさを超えて、彼を支えている何よりも大切なものなのだと、私は実感しました。
これまで私は息子にとって母であると同時に、父であり、兄弟であり、親友であろうとしてきました。息子も「あなた以上の話し相手はいない」と言ってくれています。子育てに手こずった時期が長かった私にとって、息子との現在の信頼関係は何よりも誇りだし、自信を持つべきことです。
だからこそ、私は自分を卑下してはいけない。あの日、彼が私に言ったように、自分を卑下することは「非生産的なこと」であり、彼の足元を揺るがすだけです。
私は私。息子は息子。お互いに「相手の期待に応えよう」なんて思わなくていい。そのために生きているのではない。自分の人生をどう生きていくか。その姿を堂々と見せ、誇りを持って生きることが、親としての責任なのだと、あらためて思い知らされました。そして将来に向けて受験勉強に励む息子の精神状態を考えると、彼の方がずっと不安でいっぱいなはずです。もっともっと私は彼の心に寄り添って、温かい言葉がけをして、心からエールを送らなければ。母親の存在が子供にとっていかに大きいものか。その自覚をさらに強く持ちたいと誓った出来事でした。
ではこの辺で、和木さんにバトンを渡します。
東京都/功刀知子
2025年07月07日(月)
No.734
(日記)


