憧れへの自由
功刀さんの日記を読み、日々大変なことやどうにかしたい!と思うこともあるけれど、今私は私の人生に誇りを持てているか?その姿を子どもに見せられているか?と、自分に問うことができました。
こんにちは。広島の和木です。
今10歳の長女には夢があります。きっかけは、飛行機に乗ってCAさんに会えたこと。その理由は、聞くとまだ「憧れ」でかわいらしいものですが、飛行機やCAさんに関連するYOUTUBEを見漁ったり、急な質問の内容もそれ関連。休みの日にどこに行きたい?と聞けば、空港!という具合で、なかなか今までにない本気度です。
「なんでなりたいかって言うと...」と話してくれるので、今10歳の娘が将来の夢に向かって、私が今できることは何かなと考えながら過ごしています。
そういえば自分にも、憧れから始まった大好きなことがあったなと思い出しました。
娘と同じ10歳から大学まで、ひたすらパーカッションを演奏していて、大好きな打楽器の先生のようになりたい、あの曲をかっこよく演奏したい、吹奏楽の強豪校に進学したい、全国大会に出場したい、がずっと目の前にありました。
その憧れや目標へと突っ走っていけたのは、親が「自由」にさせてくれていたからかもしれないと、ふと思いました。私は本当に練習しかしていなくて、両親は私にはできないことだけ、例えば送迎、お金のこと、本番の応援などの裏方仕事を、何も言わずにしてくれていました。「いってらっしゃい」と「おかえり」くらいしか言われた記憶がないほどです。
自分の子どもの頃を思い出して感じているのは、子どもの“やりたい”に対して、何をどうするかを子ども自身に任せることで、どれだけ本人が楽しめるか、ということ。そこから、頑張った結果、頑張らなかった結果を身をもって体験できるんだなということです。
また母に「あなたのおかげで、私も本当に楽しませてもらっている。ありがとう。」と言われたこともすごく心にあり、自分が好きなことを自分一人だけで楽しんでいるんじゃないんだと思った感覚が残っています。
私はいつか娘がそんなふうに思えるようにできているんだろうか…とふと考えました。
娘の憧れは、まだ動き始めたものではありませんが、だからこそ楽しい、素敵だ、かっこいい、もっと知りたいで満たしてあげればいいものを...私は一昨日、「もう飛行機のYOUTUBE見るのやめたら?ずっと見てるじゃん」や、「ねぇねぇ、やること終わったの?」などと言ってしまいました。
「なりたいものがあるなら、勉強はちゃんとやっておいた方がいい」「やるべきこともちゃんとせずに、好きなことしかしないのは見ていて腹が立つ」のような私の思惑や感情が入ると、ともすれば「そんなんじゃCAさんになれないよ!」なんて口走ってしまいそうで、私の一方通行になりがちな応援したい気持ち(押しつけ)を反省しています。
とはいえ、応援はしたいワタシ。余計な口出しをしないよう試行錯誤しています。
ひとつは興味津々、胸もワクワクの状態で見ているYOUTUBEへの適度なお付き合いと、ルール設定の見直しが思いあたりました。それを見ながらの娘からの質問や感想は止まらず、私にはちんぷんかんぷんなことがほとんどで、正直面倒だと思うことも多いのですが…娘の気質の様子も伺いながら、その熱量をうまく受け止め、聴き、質問し、分からないことを自分でも調べられる方法やツールを伝えています。一緒に調べてみると、新しい発見があり何が必要かも分かるので、私自身も結構楽しんでいたりします。
また、空港に行きたいと言うなら連れて行ったり、「お母さんの知り合いに元CAさんがいるから、話を聞きに行く?」と言ってみたり。娘は、それを聞きながらなんとも言えない表情で笑って言葉を濁すので、そこまでの覚悟はまだないのか、恥ずかしいのか…(いやいや、私が前に出すぎているだけかも…)
今、「前に出すぎている」と言いましたが、私、よく娘を追い越すんです。最近はその頻度や度合いもかなり少なくなり、気付くこともできるようになりましたが、つい娘の前に出てしまうことがあります。
娘の熱中していることがついつい気になって、それ以外のできていないことが目に付き小言や指示になったり、娘への心配や力になりたいという私の過剰な熱量から、「やってあげる」になったりします。
私の中では、娘が何かしたいことがあるなら、後ろから背中を支える、斜め後ろから応援し見守る、といった前でも横でもない立ち位置にいたいと思っています。娘が決めた娘の行きたい方向への応援がしたいからです。でも、「前に出すぎている」時は、自分が前に立ち「こっちこっち!」と引っ張っているような状態かなとイメージしています。
昔から反抗するような子ではなかったので、私が引っ張ってもケンカになることはありませんが、もう小学4年生。「それはしたくないのに」「そうじゃないのに」「でもお母さんが言うから」を顔で言ってきます。
それを見て、ハッと我に返り自分にSTOPをかけます。
こちらからの働きかけはグッと止めて様子を見ますが、ほとぼりが冷めるのを待つというもったいない姿勢ではなく、頼ってもらえるなら、どうとでも動くよ!近くにいるよ!という姿勢を見せたいなと思っているところです。
子どもが憧れややりたいことを見つけ、やる気に乗ってそこに向かうために、こっそり伴走する親の関わり方、私は「自由」を大切にしたいと、今ま改めて思っています。
特に私は、思っているよりずっと後ろの方でにっこり見守っているだけで十分なのかもしれません。
これから彼女の夢がどう変化していくのかは分かりませんが、本当にしたいことを見つけたなら勝手に自分でやっていくんだろうと思います。そんな時にどんな夢や目標でも自由に追いかけられるよう、環境を整えるという裏方仕事はばっちりしてあげたいなと気を引き締めている私です。
最後までお読みくださり、どうもありがとうございました!
それでは次の藤岡さんにバトンタッチ。
広島県/和木 郁
2025年07月14日(月)
No.735
(日記)


