そこに崖があるよ
こんにちは。東京の小原です。
安部さんの「夫婦仲」の話を読んで、私も夫にそっけなくしているところあったかもなぁと思い出しました。自分の行動の裏にある思いを深堀りすることで夫の思いにも気づくことができる。日常の振り返り、素敵なことですね。
さて先日、定期テストが終わり、結果が返って来た高1の娘が言いました。
「うちってさ、テストの結果について怒られることってあんまりないよね。うちはさ、私が崖のそばを歩いてたとしても手をひくわけじゃなくて「そこに崖があるよ」としか言わないじゃん」
娘の言葉の意味は、「我が家では、親は情報を教えてくれるけれど、最終的に子どもがどの道を歩くかの判断は、子ども自身に任せている」ということだと思います。親としての考えをそのように受け取ってもらえていたなら良かったなと思いながらも、私自身がこのような考えに至るまでには紆余曲折があったなぁ・・・と気づかされました。
以前、ハートフルコミュニケーションの子育てコーチング講座のなかで「区別化」について学んだことがありました。自分と他者の問題を切り分け、区別してとらえたうえで対応を考えることを学びました。
例えば、子どもが宿題をやらないことに対して親がイライラしたり不安になったりします。
子どもが宿題をやらないこと自体は、子どもの問題であり、それによってイライラしたり不安になったりするのは親の問題。子どもの問題はできるだけ子どもに解決を任せて親はサポートする、親の問題は親自身が解決するという具合です。
私はこの学びに出会う前は、子どもの問題と親の問題をなかなか切り分けられませんでした。講座で学んでいたときは子どもが中学受験期であったこともあり、特に子どもの学習面については私が何とかしなければという思いに駆られていました。
宿題をやらない子どもにイライラをぶつけ、子どもはぶつけられたイライラへの反発に精いっぱいで、本来自分が向き合うべき事柄に対して正面から取り組めず、それが繰り返されることによる怒りの連鎖・・・。
何も良いことがないのは頭ではわかっていました。でもこのままでは娘が望んでいる学校には手が届かない。親自身の焦りや不安が完全に子どもに向かってしまっていました。
私はこの学びを得て、日常を見つめ直し、問題が起こった際には「これは誰の問題?」と問いかけ続けることにしました。
宿題をやるかやらないかは子どもの問題。でも、当時小学校高学年の娘に、自分が向き合うべき課題に正面から向き合うことができるのかという疑問もありました。そして、世間でよく言われる「中学受験には親の関わり方が重要」という情報に踊らされる自分もいました。
なかなか答えは出せず、私も関与度合いを強めたり弱めたり試行錯誤の日々が過ぎていきました。そして6年生の秋ごろ、ちょうど模試の帰りに2人でカフェにいたとき娘から落ち着いた声でこう言われました。
「私はお母さんとは違って、すべてを満遍なくやることはできないから、私のペースに任せてほしい」
この言葉を聞いたとき私は、娘がしっかりと自己理解をしていることに衝撃を受けました。そして、私も娘とは気質が違うと感じていたこともあり、本当にその通りだと思ったのです。
私は、「伝えてくれてありがとう。確かに私とあなたは違うんだから、それぞれのやり方があるよね。でも、あなたのペースで希望する学校に届くかどうかはお互いに確認しながら進めた方が良さそうだよ」と返しました。
この出来事を機に、親の問題と子どもの問題を切り離そうという意識がさらに強まったのですが、現実はそううまくいかず・・・自主性に任せても娘のペースは一向に変わりません。受験本番が迫る中でこのままでは難しいという状況を娘に率直に伝えて話し合い、結局のところは家族総力戦になって怒涛の受験期を駆け抜けていきました。それでも私の中では”一歩ひく”ということを何度も何度も繰り返し小声で唱えながら過ごしました。
中学に入ってからは、学校側からも学習面に関して親の関与を下げるように言われたこともあり、はじめはかなり意識して手を放すようにしました。
一方の娘は、中学入学後半年ほどは順調に過ごしていたものの、その後は学習に真正面から取り組むことができず、そばで見ている私は「本当に手を放して良かったのだろうか」と葛藤の日々。それでも、娘と私は別個の人間であることを常に頭の中におき、娘が自分で気づき、立ち向かう経験こそが彼女の人生の糧になると信じて、根気強く「任せる」ことと向き合いました。
もちろん、この間、全く手も口も出さずにいられたわけではありませんが、ハートフルコミュニケーションでの学びを力にしながら、どうにかこうにか自分の考え方を変えてきたように思います。
娘に変化があったのは中学卒業間際。自分の置かれている状況と将来について考え出したことをきっかけに、学習に正面から向き合い出しました。
私が予想していなかった将来の方向性を娘が検討していることがわかっても、娘が相談してきたときは一緒に調べたり、世の中の事実を伝えたりすることにとどめました。すると娘は自分でどんどん調べだし、ありたい姿からバックキャストして自分の現状を捉えたうえで学習を始めたのです。
ついに”その時”を迎えた娘をみて、私は胸がいっぱいになりました。
「私に任せてほしい」という言葉から実に3年余りの歳月を経て迎えた娘の変化は、確実に彼女自身をたくましく成長させています。自分自身と向き合い、考え続ける経験を積み重ねてきたからこそ、娘のなかには確かな自信や勇気が育っていることがわかります。
さらに”任せる”ことによって親子の信頼関係もより強くなりました。
もう何かあっても、親は「そこに崖があるよ」と伝えるくらいで、後は本人がどうするか考えればいい。
そして本人は任せられていると知っているからこそ、安心して自分の道を選び取ることができる。
これからの私たち親子のあり方として、いい距離感になってきたのではないかと思います。
それでは、次の菅原さんにバトンをつなぎます。
東京都/小原由佳
2025年10月27日(月)
No.751
(日記)


