ハートフルコーチの泣き笑い日記

日々の発見やつぶやきなど。

うまいことやってるわ


★★★第24回「泣き笑い日記 オンライン・ホッとカフェ」★★★

【日時】2025年11月24日(月・祝)10時〜12時
【参加費】無料
【方法】オンライン(ZOOMを使用します)
【お申込み】
https://ssl.form-mailer.jp/fms/e8a5ee8b868874

季節ごとの恒例、オンライン・ホッとカフェは、日記を読んだ後の「もっと知りたい」「ちょっと話したい」を筆者と読者が分かち合う場。
この秋、取り上げるのは、藤岡伸子さんの「反発のわけは…」です。

私たちは親となってもなお、自分の親に否定的な気持ちになることがあります。親になったからこそ、そう感じることもあるかもしれません。でも、我が子を負のスパイラルに巻き込みたくない。
じゃあ、どうする?と藤岡さんは考えました。

藤岡さんが得た答えについてカフェで深堀りして、親子関係を明るくするヒントを持ち帰りませんか。
ご参加をお待ちしています。

※ 前回までのカフェの様子は、こちらでお読みいただけます。

★★★

㓛刀さんの日記を読み、自分の気持ちや状況を深掘るにつれてマイナスだと思っていたことがプラスに見えてくる過程に、なんだか背中押される気がしました。

こんにちは、広島の和木です。

娘は今、小学校4年生。自分のことはほとんど自分でできるようになり、「自分のことは自分で」と任せられることが増えました。朝起きて朝ごはんを準備し、友だちと待ち合わせて登校。暇な時間の過ごし方や買い物、友だちとの遊び、宿題や学校の準備なども、ほぼノータッチ。
うまいことやってるわと、少しの寂しさを感じつつも、嬉しさは9割超えです。

そんな娘を見ていて、「うまいことやってる」という言葉を大切に思うようになったきっかけをふと思い出しました。少し時を遡りますが、娘が小学1年生のときのことです。

私は当時、ある心配を抱えていました。名前のことです。
もっともっと遡って私自身が小学1年生の頃、「和木(わき)」という苗字が原因で、「和気あいあい」とか「脇〜っ」とか、ジェスチャー付きでからかわれた経験がありました。それが本当にイヤで、「学校に行きたくない!」「なんでこの名前なの!」と家で文句を言っていたこともありました。

その時の感情を思い出してみると、からかってくるその人に腹が立つ!という気持ち。言われることが悲しいというよりも、怒りと悔しさ、いらだちです。
名前なんて怒ったからと言って変えられるものでもなく、言い返そうにもパンチの効いたことも言えず、そういわれる名前もなんだか恥ずかしくて、クラス替え後の自己紹介も好きではありませんでした。
からかわれるたび、ぶつけどころのない怒りが湧いて出て親(特に母親)に文句を言うというカタチになっていたのだと思います。

そんな私の過去があったため、娘も同じように腹を立てイヤな気持ちになって帰ってくるのではないか、からかわれて傷つくのではないか、名前がコンプレックスにならないか、私に怒ってくるのではないかと心配していたのです。
その心配を娘に刷り込まないよう、あえて何も言いませんでしたが、「いつか訴えてくるかも」と構えていました。

ところが、夏が近づいてもそんな話は一度も出ません。
気になって、「名前でからかわれたりしてないん?」と聞いてみると、娘から帰ってきた言葉は「うん、言われた!」でした。
予想外にカラリとした返事で、「え、そうなん?」と質問した側の私が聞き返してしまいました。「それでどうしたん?」と聞くと「たしかにーっ!って言った」と笑顔。言ってきた子と一緒に笑ってそれっきり、何も言われなくなったそうです。

本当にその通りと思って「確かに」と返事したようではないようで、多少の「イヤだった」はあったとのこと。「でもまぁそうだなとも思ったし、怒らなかった」と言いました。
そのとき私は思いました。
「この子、うまいことやってるわ」
娘の対応の仕方が、私よりもずいぶん大人で、なんだか嬉しくてその時の返事まで覚えている私です。

私が中学生の時の友だちで、男の子にからかわれても「ははは、たしかにー」と返事をする子がいました。そう応えた後、「あいつら、めんどくさいぜ」という顔で私に目くばせをしてくるんです。私は笑っていましたが、この子のそういう対応ができることをたくましいというか、カッコいいと思っていました。
娘が同じような対応をするものだから、本当に嬉しかったんです。
「カッコいい」「嬉しい」「うまいことやってる」それを伝えた時の、娘の「まあね!(照・嬉)」という顔。うん、大好きです。
ちなみに、私が子どもの時の“怒って泣いて、学校行かないと文句を言っていた反応”を話したら、「えぇ〜?そうなん〜?笑」とだけ、笑われてしまいました。

初めての「うまいことやってるわ」の経験を思い出し、今も娘が自分の力で日々を過ごす様子を見ていると、この成長を感じる嬉しい瞬間を、これからもっと増やしたいなと思いました。

「うまいことやってるわ」と思える場面を改めて考えてみると、私が何も気にしていない時なのかなと思います。それは私が手も口も出していない時や娘が自由にしている時。私が娘の言動を気にしていないからこそ、娘が困った時にも自分なりに工夫したり、困らないように知恵を絞ったり、気にせずあっけらかんとできるのかなと思いました。

反対に、うまいことやってると思えない時=ちゃんとできていないと思う時もあります。それは、私が何か心配しているときかなと。私の監視の目が光っている時や指示出しをしている時、必要以上の期待をかけている時などが思い浮かびました。気になるから心配するのに、それがうまく作用せず「ちゃんとできていない」になってしまうなんて、自分で苦笑いです。
そんな「ちゃんとできていない」のパッと思いついた場面は夏休みの宿題のことでした。

「夏休み後半で旅行に行くから、宿題は先に終わらせておいた方がいいと思うのだけど、どう思う?」と、あくまでも提案をしたつもりで宿題を終わらせる計画を一緒に立てました。でも結局計画通りには終わっておらず、「なんでちゃんとしなかったの! 一緒に話したじゃん!」となったわけです。
娘が宿題にまみれて大変にならないようにという心配のもと、娘主導ではなく、つい私がグイグイひっぱる形で手助け、もとい手出しをし、見守りではなく監視の目になっていた結果です。

そして、「これはよくなかったな」と反省した出来事も思い出しました。
娘がお小遣いを持って友だちと出かけた時のこと。本来は友だちと半分ずつ出すべきお金を、娘が全部出していたんです。
友だちに対する優しさからの行動だったので、叱ることはしませんでしたが、「この中でなら自由にしていいよ」という枠組みを私が教えきれていなかったことを痛感しました。その後にお金の使い方について我が家のルールを伝えました。

うまいことやってる、ちゃんとできてない、その状況をじっくりじっくり考えていたら、手出し口出しせず気にしないでおけるよう、娘を信頼できているかな? そもそも、物事を任せられるようちゃんと教えられているかな? と、なんだか自分の行いを振り返って、一人反省会をしているような気持ちになります。
とはいえ、「うまいことやってるわ」と娘に感心することもあるので、私もうまいことやってるよなと、自分で自分を励ましたいと思います(笑)。

私にとっての「うまいことやってるわ」は、娘の成長を感じる大切なことばです。これからもこの言葉を使うタイミングをたくさん見つけたいし、それを言葉にして伝えたいなと思いました。

最後まで読んでくださり、どうもありがとうございました!

それでは次の藤岡さんにバトンタッチ。

広島県/和木 郁



2025年11月17日(月) No.754 (日記)

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