子どもは常にベストを尽くしている
功刀さんの日記を読んで、いろいろな言葉がグッと刺さりました。心のマグマ、フィールドの内と外、親の心の揺らぎ...私も子どもの応援団であろうと思えました。
こんにちは、広島の和木です。
あの時の自分のやり方は正しかったのか、それとももっと良い別の方法があったのか、思い出すたびに考えてしまう出来事があります。当時の自分をなぐさめるため、そしてこれから先の自分を応援するつもりでそのことを日記に書きます。
旅行から帰ってくるお姉ちゃんとお父さんを空港に迎えに行った、去年のことです。
到着ロビーのドアから二人が出てくるのをワクワクしながら待つ♪ ということはできない坊と一緒だったので、空港内を散歩しながら待っていました。
案の定、おみやげ屋さんのところでワクワクする坊です。空港はあまり来ない場所だし、お姉ちゃんたちがしばらく不在で、(多分)寂しい日々を私と二人で頑張っていたので、何か小さなものをおみやげに買ってあげよう、とは思っていました。
ところが、息子が選んだものは飛行機やトーイングカー、タラップ車など色々入った大きな箱のセットで、おみやげにちょっとだけ、とはずいぶん格が異なるものでした。
えぇ‥‥とちょっと考えましたが、経験上、帰国後ほやほやで気が大きくなっているお父さんなら買ってくれると確信し、「それね?わかったよ。お父さんが来るまで待ってくれる?」と言いました。普段スーパーの買い物で駄菓子を選ぶ時に、「3個までだから1個返してきてね」という我慢ができるので、聞いてくれると思っていたのですが、彼は怒りだしました。一度だけ、ダン!と床を叩くように踏みつけました。いや!という言葉より先に気持ちが出た感じです。そして、やだ! ほしい! とすぐに大泣きにかわりました。
私は「お父さんとお姉ちゃんが来たら一緒に買おう」と説得してみるのですが、どうしても聞きません。本当に、今、欲しかったのだと思います。
売店の中で迷惑になる、人の目も気になる…でもここで買ったら、味を占めてしまわないか、私が折れるという負けた感、どこまでの耐久戦になるのかという興味、姉と父親が出てくるまで時間的にあと少しだからいけるか?という期待、息子と1対1の生活にちょっと疲れていてめんどくさいという気持ち、抱きかかえてその場から離れたとしても、大暴れされて絶対に痛いからしたくないという気持ち、後半においては絶対に曲げないという意地も加わり、それらひとつひとつを噛みしめながら、目の前にある1メートルほど離れたベンチで、彼が落ち着くのをどうにか待っていました。
離れていたのは、彼に私との物理的な余白をもたせるためです。息子のそばにいればもっとヒートアップしそうだったこと、そして私も彼から離れて少しでも冷静さを残しておきたいという気持ちがありました。
でもなかなか「ほしい!買う!」というのをやめません。幸い、商品に乱暴をしたり、ものに当たったりはしませんでしたが、声を上げて泣いたり、床に座り込んでいじけたり、突っ伏して動かなかったりしています。ひどく長い時間に感じました。後から時計をみたら15分ほどのことでしたが、10年分老けた気がします。
その間に、見かねた見知らぬおばあちゃんが「大変よねぇ、これどうぞ」とポケモンのカードをくださったり、同じくらいの小さな男の子が「これあげるよ」とパンダのビスケットを分けてくれたりして、その優しさと周囲への申し訳なさで涙目になりました。もちろん息子は全拒否で、「飛行機の箱のがいい!」と泣きました。
いい加減にこれはと思い、少し近づいて「おいで」と言いましたが、来ません。普段ならそう言うと泣きながらでも来て、抱っこして話をするところまでもっていけるのに、今回ばかりは何も届きません。お手上げです。本当にどうしたらいいのか分からなくなりました。
私の方が泣きたい、この状況をもう見たくない、この場から離れたいという気持ちもムクムク。でもそれはできないので、大きな声で言い返さないことと、身体を触らないことに集中しました。大きな声で言い返せば冷静さを失い「買うって言ってるじゃん!」「もう買わない!」「もうやめて!」と言いそうだったし、何を言っても一切届かない息子も余計わめくと思ったからです。
また、身体を触るということは、叩いてくるであろう手を掴んで押さえたり、腕を引いてお店から離れたり、抱きかかえたり、逃げるのを捕まえたりすること。いいことは何も起こらないと判断したからです。
はたから見たら、どんなお母さんに見えていたんでしょうか。
しつけができていない・育児放棄している・非常識・優しくない・厳しすぎる・買ってあげればいいのに・子どもがかわいそう・うるさい・なんで止めないの
そんな言葉が頭をぐるぐる。今の私はやりすぎかもしれない、もしかしたらそうやって声をかけられるかもしれないと、怖いという気持ちすらありました。
じっと息子の目を見ながら何も言えなくなっているところに、お姉ちゃんとお父さんがスーツケースを引いてやってきました。その時の安心感というか、やっと終わるという開放感というか、茫然とした感覚が忘れられません。
おかえりを言うより先に私が夫に言った「ずっとアレ。飛行機買って。」で全て通じました。
非常事態を察した夫の返事は「はい。」のみ。私と息子の二人とも、それほど壮絶な顔をしていたんだと思います笑 お父さんに抱っこされて行った坊は、鼻水と涙だらけの顔のまま飛行機の箱を抱えて帰ってきました。私は無表情、姉は苦笑いです。
「ちゃんと買うって言ったでしょ?大丈夫よ」「待てたね」と、必死に優しい声を作って伝えました。(優しい顔は無理でした。)
息子はちょっと笑顔で「うん」と返事をしました。
その空港事件以降、ほしいものに対してここまで駄々をこねることは一度もありません。
買うと言ったら買う、という約束をちゃんと守れたのはよかったと思っています。
ただ、その時の15分の対応が正しかったのか、もっといい方法があったのか、未だに考えますが、思いつきません。
「正しい」という言葉も、私を悩ませる原因のひとつだと感じているところです。人それぞれある「正しさ」の基準。何か悩んだ時に携帯を出してインターネットやSNSから探してみても、納得のいく「正しい」答えが分からないんです。
その上で色々考えてみるものの、「もう私ったら、ああすればよかったのに」と思いつかないということは、私もまだまだ勉強不足。経験不足。
ハァとため息をつきつつ、周囲への申し訳なさと反省はありますが、あの時の対応を後悔したり正しくなかったんじゃないかと不安になるようなことはせず、「あれはあれでよかった」と思おうと自分に言っています。私もあの時、一生懸命考えてベストを尽くしていたのだから。
きっと3歳3カ月だった息子も、飛行機を手に入れるためにベストを尽くしてアレだったのだと思います。
私がハートフル子育てコーチング講座で教わった、「子どもは常にベストを尽くしている。ほかの選択肢や方法を知らなかっただけで、彼らはいつもその時のベストを尽くしている」という言葉。そっくりそのまま、自分にも当てはめました。
そして、知らなければ、学べばいい。分からなければ、尋ねたらいい。そう気づかせてくれるのは、いつもピンチの時だなと思います。
さぁ、これからも私の学びと実践、楽しい子育ては続きます。
最後まで読んでくださり、どうもありがとうございました。
次の藤岡さんにバトンタッチ。
広島県/和木 郁
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2026年01月19日(月)
No.763
(日記)


