ハートフルコーチの泣き笑い日記

日々の発見やつぶやきなど。

答えの前に


大阪の中泉です。
みなさんの毎月の食材費って、大よそいくらくらいですか?
外食費や飲料は除いて、自炊の場合の食材費です。

というのも、今や16歳と12歳の息子たちが、まだ保育園に通っていた頃から、私はフルタイムで仕事をしていました。熱が出ると、自宅から50分の距離に住む母が保育園に迎えに行き、我が家で看病をしてくれる、そんな日々でした。
結局、残業が続く日などは、看病だけでなく夕食まで作っておいてくれるなど、何よりも私の仕事を優先し、我が家の面倒をみてくれていました。

ある時、長男がまだ小学1年の頃、「ぼくが学校から帰ったら家にだれかが居てくれるのが嬉しい」と母に言ったそうです。
その頃から、私が休みの日以外は、ほぼ毎日、子どもたちが帰宅して夕食が終わるまでの間、母が通ってくれるようになりました。
今思えば、そこに私たち親子で何か取り決めをしたことはなく、つとめて自然な流れで、この形になっていました。

ただ、夕食の準備をしてくれる母へ、毎月5万円を渡すという慣習だけは、私なりの「せめてもの感謝の気持ち」として続けていました。
その慣習も、長年の慣れとともに、毎月自動で銀行から銀行へ支払われる仕組みとなり、あっという間に、当時小学生と保育園だった息子たちは、今や高校生と中学生になります。

そんな折、2025年の大晦日。
母から突然、「ちょっと話があるので、パパと来てくれない?」というLINEが届きました。大晦日というタイミング。どうしても2026年に繰り越したくない何かがあるのだろう、と慌てて主人と向かいました。

なぜか既に般若の形相の母。
「物価高騰の折り、毎月の食材費が5万円で足りていると思っているの? いつか値上げをしてくれると思って、待ってはみたものの、あなたたちは何を言うでもなく。私が我慢に我慢を重ねた月日は、早10年。いい加減にしてちょうだい!」
そう言い切ったかと思えば、今度は、
「そもそも、頼まれてもないのに、いそいそと通った私があかんかったのよね。ごめんなさいね。でも、孫の顔を見てたら元気もらえるじゃない? これからもよろしくね」

え? このジェットコースタートークに、私は何と返せばいいのか……。

戸惑いながらも、「10年間も我慢をさせてしまっていてごめんね。そして、食材費が足りてなかったのよね。すぐに金額を上げるね。いくらにしたらいい?」
そう伝えました。すると、その言葉が母の逆鱗に触れたようで、
「あなた、曲がりなりにも主婦よね?卵の値段、10年前とどれだけ変わったかくらい分かるでしょう?! それくらい、自分で考えられないの?」

ああ言えばこう言う応戦の果て、最後は母の「言い過ぎたわ、ごめんね」という、「もうこれ以上、この話を広げないで」という無言の終了宣言にも聞こえるような、どこか無慈悲にも感じる謝罪で終わりました。
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                   
今年のお正月は、私なりに事なきを得るよう、
事前に手を打っていました
それなのに、予想だにしない大晦日の結末。

今回の出来事を振り返って、私が一番感じたのは、「これは食材費の話ではなかったんだ」ということでした。母は、怒っていたのでも、責めたかったのでもなく、ただ我慢してきた自分の気持ちに、気づいてほしかったのだと思います。

でも私は、「いくらにしたらいい?」と聞いてしまいました。それは合理的で、正解を探す問いだったけれど、母が欲しかったのは、答えではなかったのかもしれません。
母の「いい加減にしてちょうだい!」の言葉の奥には、10年間、黙って支えてきたこと。
お金の話をする自分への罪悪感。それでも孫のそばにいたいという愛情。その全部が重なっていたのでしょう。

とはいえ、「いくらにしたらいい?」は、私にとって精一杯の返答でした。それは、自分を守るために、長い時間をかけて身につけてきた返し方でもありました。

思い返せば、母の怒りはいつも予告なくやってきました。しかも、その行き先は嘆きでした。怒りの理由が分からないまま、母の感情だけが目の前に残される。あの時間が、私は苦手でした。

だから私は、感情の手前で話を終わらせるようになりました。数字や条件、答えのある問いにすり替える。そうすれば、深く傷つかずに済んだからなのだと思います。

今回の出来事をきっかけに、私は自分の子育てを振り返りました。母の前で身につけた安全な返し方を、私はそのまま子どもにも使ってはいなかっただろうか、と。

感情をぶつけられる前に話をまとめる。空気のざわつきを感じたら、早めに落ち着かせる。問題が起きないように、先回りして整える。
それは子どものためだと思っていました。でも本当は、私自身が安心したかっただけだったのかもしれません。

今回の母の怒りも、私の返し方も、どちらが正しかったという話ではないのだと思います。それぞれが、それぞれのやり方で、関係を壊さないようにしてきただけ。

ただ、親になった今、私はひとつだけ違う選択ができる立場にいます。感情を急いで片づけるのではなく、答えを出す前に、立ち止まること。

子どもが怒りをぶつけた時、対処を考える前に「そう感じたんだね」と、一度受け取れる自分でいたい。こう書きながら、私はもう、以前と同じ返し方だけを選ばなくなっているのかもしれない、そんな感覚を感じています。

それでは安部さんに繋ぎます。

大阪府/中泉あゆみ  


2026年02月16日(月) No.767 (日記)

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