ハートフルコーチの泣き笑い日記

日々の発見やつぶやきなど。

「出番」を守る


こんにちは。東京の菅原です。
日ごろのちょっとした出来事から気づいたことを綴ります。

先日、母と甥のKくんと3人で食事をしました。大学生のKくんと会うのは珍しく、母も私も久しぶりの時間を楽しんでいました。

「Kくん、バイト今なにしてるの?」

私がそう尋ねると、Kくんが答えるより先に母が言いました。

「Kくん、今〇〇でバイトしてるのよね?」

思わず私は言いました。
「お母さんじゃなくて、Kくんに聞いてるんだけど」

とたんに母はむっとし、その後の食事はどこかぎこちない空気に包まれました。

帰り道、自分の言い方がきつかったと反省しつつも、心がざわついていました。
母に悪気はなかったはずです。知っていることを会話の流れで口にしただけなのだと思います。

それでも私は、Kくんの「出番」を母が奪ったことへの嫌悪感が消えませんでした。
同時に、Kくんと私の会話を邪魔されたという残念な気持ちもしました。

でも母を責める気にはなれませんでした。
なぜなら、少し前まで私自身も同じことをしていたからです。

息子が質問されているのに、私が代わりに答える。
話し始めると先回りしてまとめてしまう。
「つまりこういうこと?」「それって〇〇なんだよね?」と、言葉を探している途中でまとめてしまう。
子どもがうまく言えない姿を見ると、間がもたない気がして口を出してしまうのです。
助けたい気持ちと、待てない気持ち。そのどちらも本音でした。

そんな私が変わったきっかけは、ハートフルの養成講座でした。
そこで聞いた先生の言葉が今も心に残っています。
「コーチは選手の代わりに試合には出ません」

私ははっとしました。
答えに困る息子を助けているつもりで、私は息子の「出番」を奪っていたのです。

その子の人生は、その子がプレーするもの。
親の私は応援席で息子を応援する存在でいたい。そう思いました。

それから私は、息子が話すとき「お口チャック」と心の中でつぶやきながら、黙って待つことを心掛けました。否定もアドバイスもぐっと我慢して。

すると息子は、ゆっくりながらも少しずつ自分の言葉で話すようになりました。
思春期真っ只中でしたが、失敗したことや悔しかったことをぽつぽつと語ってくれるようにもなりました。

待ってもらえること。
自分の「出番」が守られること。
それが安心や自信につながるのだとしたら、これほど嬉しいことはありません。

そんな経験をしてきた私だからこそ、あの日の母の姿に強く反応したのかもしれません。
「私は子どものことをちゃんと考えて行動しているのに、お母さんは相変わらず分かっていない!」という、母への反発心と、正したい気持ちがあったのだと思います。

ふと、幼い頃の自分を思い出しました。
私は子どもの頃、人見知りで大人にうまく挨拶もできない子でした。
声をかけられても言葉が出ない。帰宅すると母に叱られました。
「はっきりしなさい」、「もじもじしてみっともない」と。

家では、テンポよく話す姉の隣で、私は言葉を探しているうちに話題が変わってしまうこともありました。
「何を言っているのかわからない」と言われたこともあります。

「私は話すのが下手なんだ」
「もたもたして迷惑をかける子なんだ」
いつしかそう思うようになっていました。

でも学校では違いました。
授業ではよく手を挙げて発言し、音読も好きでした。研究か何かでクラス代表として体育館で発表したこともあるし、高校では大きなホールで司会を任されたこともあります。

思えば、人前で話すことが苦手だったわけではありません。むしろ好きな方。役割があったり、準備できる場では、緊張はするけれどちゃんと話すことができました。

一方、自由な会話になると焦ってしまうのです。
もたもたしていると話題を取られてしまうのではないか。
相手を待たせてしまうのではないか。
そんな気持ちが、いつも心のどこかにありました。

もしかしたら私は、「話すのが下手」というよりも、自分のペースで最後まで話せる機会が少なかっただけなのかもしれません。
人と話すときの焦りや自信のなさは、成長や経験とともに薄れていきましたが、
子どもの頃の私は、本当は待ってほしかったんだよね。
うまく言えなくても、自分の言葉で最後まで話したかったんだよね。
そう自分の心に語りかけたとき、長いあいだ忘れていた(気づかなかった)感情が胸に込み上げました。

母がKくんの代わりに答えた姿に、少し前の自分が重なりました。
そして同時に、あの日のKくんに幼い自分を見ていたのかもしれません。

言葉につかえても、時間がかかってもいい。
「あなたが話す番だよ」と静かに見守ってもらえること。
それが子どもの小さな自信を育てるのだと、子どもの頃の私と、母になった今の私、その両方の経験がそう教えてくれました。

言葉がポンポンと出てこない息子を心配していた私ですが、皮肉にも、実は私自身も子どもの頃はうまく話せなくて、同じように親をイラつかせたり心配させていたのだと思うと、なんともおかしいような切ないような複雑な気持ちになります。

あの日の母とのちょっとした出来事は、昔と今の自分に向き合うよいきっかけになりました。
かつて「出番」を与えてほしかった私だからこそ、今は息子の「出番」を見守り、応援席からそっとエールを送る母でありたい。
そう改めて思う今日この頃です。

それでは次なる功刀さんにお繋ぎします。

東京都/菅原典子 





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