ハートフルコーチの泣き笑い日記

日々の発見やつぶやきなど。

“ありのままの自分”を受け容れる


こんにちは、東京の㓛刀です。
「息子の大学受験、無事終了しました!」と言いたいところですが、なんとも落ち着かない日々を過ごしています。滑り止めの学校は合格できましたが、行きたいと思う学校は補欠で、まだ先が見えません。

受験する前、息子は「浪人はしたくない。滑り止めしか受からなかったらそこに行く」と言っていましたが、補欠がわかった途端、言うことが変わりました。
「もし繰り上がりが来なかったら浪人したい」
彼は必死の形相で私に訴えました。
私は「それって話が違うでしょう!」と咄嗟に声を張り上げました。しかし彼は続けます。
「みんな苦しくても勉強していたのに、自分は全力を尽くさなかった。そんな自分を今許してしまったらダメな人間になっちゃうよ。だからもう一度挑戦したい。なんでその気持ちを分かろうとしてくれないの! それって自分が心配したくないからじゃないの?」

彼の言う通り、再び肝を冷やしたくないのは事実です。入試の期間や結果待ちの時間、正直かなり疲弊しました。
しかし驚いたのは、「浪人するかもしれない」と言われて震え上がった自分の反応でした。試験前は「もし結果が思うようにならなければ1年くらいのモラトリウム、楽しく過ごせばいいじゃない」なんて、余裕のあることを言っていたのに……。それだけにこの突き上げてくる拒絶感は想定外でした。

さらに上を目指したいと思うこと自体はもちろん悪いことではありません。でも彼の目指すものが「条件付きの自分の価値」で、条件付きの自分しか愛せず、与えられた場所で花を咲かせることができなかったら、先行きの厳しい人生になってしまう。私はそう思い、焦りました。
息子の「浪人したい」という言葉が私にはまるで「ルイ・ヴィトンよりエルメスがいい」と言っているように聞こえ、自分の育て方に何か問題があったのではないかとさえ思い、ゾッとしました。

そんな矢先、息子がふと
中学時代からのメンターであるM先生の話を持ち出しました。
「先生はいつも『絶対に大丈夫』っていう考え方をするし、僕にも言うんだよね。自分もそう思ってやってきたし、それで勝ってきたって。でもちょっと心配になることがある。もし勝てなかったらどうするのかなって。勝てなかった自分を許せるのかな。ありのままの自分を認められなかったら幸せになれないじゃん」

その言葉を聞いたとき、胸のつかえがスーッと溶けていくのを感じました。私が息子に対して抱いていた不安とまったく同じ問いだったからです。
「その心配、まさに私がお前に対して抱いていたことなんだよ」と言うと、彼はこう言いました。
「俺は大丈夫。どこにいても自分を好きでいられるから」

ここで考えてみたいのは、息子が「ありのままの自分を認められなかったら幸せになれないじゃん」と言いながら、自分の受験では「行きたい大学に行かれない自分を認めたくない」と判断したことの意味です。
対話を重ねるうちに、息子がなぜあれほどムキになって「やり直したい」と言ったのか、状況が見えはじめました。

息子は、試験の結果というより、そこに至るプロセスに不満があると言いました。高3になっても受験生であることの自覚が今ひとつ持てず、やりたくないことを後回しにして、頑張る友達の背中を見ながら、かろうじて受験生をやっていたと。そんな未熟で甘い自分を認めてしまっては、あとで後悔するに決まっている。軌道修正するなら今しかない。それで出た結果は認めるしかない。自分の気持ちをそんなふうに説明してくれました。

彼の言い分から、息子が言う「ありのままの自分」とは、「いま、ここにいる自分」のことなのだと理解しました。
今回の結果を受けて、自分の「いま、ここ」が「未来の自分」のイメージとリアルに結びつきました。「いま」の積み重ねが「未来」を作り、「いま」を大切にしなければ、なりたい自分に出会えない。その恐怖が彼の内側を大きく揺さぶったのです。
自分の「いま、ここ」をいつも以上に深く理解したからこそ起きた強い衝動。これが“自立心”というものかもしれません。

数日後の卒業式で息子は、式の途中で貧血を起こし、車椅子で保健室に運ばれていきました。
積極的に過ごした高校生活が終わってしまう寂しさや、大好きな友達への愛おしさ、そして将来の道が定まっていない不安が入り混じり、感情が大きく揺れたのでしょう。

実は中学の卒業式でも息子は同じように貧血を起こしました。中学3年時、息子は1年の半分以上、学校を休んで家にいました。卒業式に出た途端、そんな自分に対する不甲斐なさと後悔、十分に交流できなかったクラスメイトや先生に対する愛おしさが込み上げて、過呼吸と貧血を起こしてしまったのです。
厄介な体質は3年前と変わりませんが、今回、保険室で友達や先生に囲まれて記念撮影する息子を眺めながら、中学の時とずいぶん変わったなあと感慨深くもありました。そして、もしかしたら息子の高校生活は「未消化だった青春の回収」の時期だったのかもしれない、と思えてきました。私も息子も、高3=受験生とすっかり思い込んでいましたが、実は彼の状態がそこに追いついていなかったのかもしれません。

今回の息子の「浪人したい」という言葉はいわば脱皮宣言で、私の方にそれを見守る覚悟が出来ていなかった。だからあれほど動揺したのだと思います。ここに来て、まだ子離れしていない自分を思い知りました。
脱皮しようとするサナギを突つこうとしても成長を妨げるだけ。ここまで来たら、覚悟を決めて見守るしかない。一抹の寂しさと不安もありますが、これは息子の成長した証であり、喜ぶべき時を迎えたのだと思います。

全ての結果が確定したら、息子からこの先どうするかについてのプレゼンを受ける約束をしています。受かった学校に入学するにせよ、浪人して新たに挑戦するにせよ、運よく希望する学校に行くことになるにせよ、私が望むことは、彼が自分の未来に全力で立ち向かってくれること。いずれにしても背中を強く押してやりたいと思っています。
そして私は、彼の決断を受けとめて、これまで以上の覚悟で彼の自立を見守らなければ。きっと私がそうであることを、彼も期待しているはずです。
 
ではこの辺で、和木さんにバトンをお渡しします。

東京都/㓛刀知子 





2026年03月16日(月) No.771 (日記)

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