ハートフルコーチの泣き笑い日記

日々の発見やつぶやきなど。

自分の特技認定


㓛刀さんの日記を読み、「いずれにしても背中を強く押してやりたい」と言う最後の文章、特に「いずれにしても」という言葉が、子どもと向き合う今の私の心に残りました。

こんにちは、広島の和木です。
自分には胸を張ってこれが特技だと言えるものがないと、少ししょんぼりしたのですが、それがきっかけで前向きになれたので日記に残そうと思います。

先日、「あなたの特技と言えることは何ですか」と問われる場面がありました。
「特技...特技...特技......?」と、自分のできることや好きなこと、得意なことなど、特技と呼べそうなものを頭の中から探し出すのに必死です。つまり、「これが私の特技です」と言えることがなかったんです。
その時は結局、パッとひらめいた3つーー昔10年続けていた「打楽器」、子どもの頃から好きで、褒められることの多かった「文章を書くこと」、よく決めたね、と人から驚かれるような「思い切った決断をすること」を自分の特技として挙げました。3つ目の「決断」なんて、特技なのか?私は何をしゃべっているのか?と思いながらしどろもどろで話をしていました。

打楽器を演奏していた頃の私なら、特技は?と聞かれれば迷いなく「打楽器です」と答えていました。というのも、太鼓の譜面や、誰かが演奏する姿を目にしたら、ぶわっと一瞬で頭に浮かんでくることがあったからです。
・その曲や、それを演奏している自分の姿・どうやったら上手くできるか・それにはあの練習が必要で・このくらいの力加減で・あのテクニックができていないと、という構造と、自分にはそれができるという自信です。

広辞苑には、「特技」とは、特別の技能。その人が特にもつわざ。と定義されていました。あの頃の私は、その定義こそ認識はしていませんでしたが、その感覚は持っていたようです。逆に、今の私はそういったのがないのかなと思うと、なんだか寂しいような、もったいないような、虚しいような気持ちになりました。特技と言えるものがあるのとないのでは、生き生きさが違うとも思いました。ほんと、しょんぼりです。

特技という言葉がとても気になったので、友人に話をしました。
友人との会話の中で「先生の仕事をしていて、誰かの国語の質問に答えたあと、次の子が算数を聞いてきてすぐ切り替えて教えられるなんて私にはできない。それって特技じゃない?」と言われました。ピンときませんでしたが、なるほどと思いました。それなら、自分が誰かに解説をしている最中、後ろの方で子どもたちがしている会話の内容をしっかり聞いていたり、同時に話しかけて来た子どもたちに順に答えたり、それも特技になりそうだと思いました。
はたまた、子どもたちが質問に来た時にその教え方についての構造はパッと頭に思い浮かび指導もできますが…うーーーん、全て特技であると思ったことはありません。今までの経験と知識があるから、仕事だからできているという感覚です。

普段の生活でもそう。下の子のこれ見て攻撃に応戦しながら、コンロ3つと電子レンジをフル活用して短時間で晩ご飯を作り、お風呂の湯沸かしと娘の宿題の具合を気に掛けることの同時進行っぷりは、我ながらよくやっていると思いますが、特技だと思ったことはありません。日々の鍛錬の成果です。

話をしたその友人は技術をもっていて、細かなデザインを描き形にする腕前や色彩感覚、物創りのセンスなど、私がマネしようとしても絶対に無理です。それって特技だよね、と言うと「仕事だからねぇ」と言い、特技だと思っていないようでした。

そんな会話をしているときに私が感じたのは、ちょっとした安心感でした。特技って自分で❝特技認定❞すればいいだけなのでは?と思ったからです。
私にとって安心感が生まれるということは、ちょっとした柔軟性や考える余白が生まれるということ。もう少し深く考えてみようと思い立ちました。

自分が思い浮かべたり、友人と話をしたり、いくつか挙げてきた特技であろうことは、全部技能でのことだなと考えました。長年の仕事での経験、趣味でたくさんの時間を費やしてきたことなどは、どんな人もスキルとして人よりうまくなりうるということです。そう思ったとき、なぜ自分がしょんぼりになったのか分かった気がしました。私だけの特技が欲しかったのかも。

学生時代もとうの昔に終え、社会人経験も随分してきましたが、その間元々持っている自分の能力に目を向け、強化させてはこなかったと思いました。どんなふうに考えて、どんなふうに行動できて、どんなふうに周りに影響を与えられるのかといったことです。身につけてきたスキルを特技とすることは、とても誇らしいですが、私が元々持っているものを発揮し、誰かの力になれたのなら、誇らしさと併せて子どもの頃のただ「できる!」とは違った自信も持てそうです。今更ですが、その能力を言語化して自分の特技として確立させたい気持ちになっています。

もともと私の思う「特技」とは、辞書に載っている通り「特別の技能。その人が特にもつわざ」であり、人より上手にできる何か、自信を持って「できる!」と言える何かという感じです。それとは別と捉えている「私だけ」が付く特技ってなんだろうと考えたら、特技であり、さらに私にしか出せない味のある何か、つまり「付加価値のある特技」と言えるかもしれません。
仕事の話でたとえるなら、教科を教えるだけではなく、教わった本人が誰かにも教えたくなるような気持ちにさせること・たくさんの子どもたちの話を、どの子にも「ちゃんと聞いてくれた」と感じてもらえる聴き方をすること、という具合です。私だからできるという、私だけの特技、早くモノにしたいです。

人に「あなたの笑顔のお陰でリラックスできた」「とても柔らかい話しやすい雰囲気を作ってくれる」と言われることがあります。まだ特技認定はしていませんが、今のところその能力が第一候補です。高校入試の面接で、「特技は?」と聞かれ「笑顔です」と答えたこっ恥ずかしい自分を思い出しましたが、もしかしたら、それが私の原点なのかなとも思います。
自分の能力の特技認定をするため、これからも私の自分探究は続きます。

最後まで読んでくださり、どうもありがとうございました。
次の藤岡さんにバトンタッチ。

広島県/和木 郁


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