子育ての来し方・行く末
★★★第26回「泣き笑い日記 オンライン・ホッとカフェ」のご案内★★★
【日時】2026年5月16日(土)午前10時〜12時
【参加費】無料
【方法】オンライン(ZOOMを使用します)
【お申込み】https://ssl.form-mailer.jp/fms/23a67c67880276
季節ごとに開催するホットカフェは、日記を読んだ後の「もうちょっと聞きたい」、「もっと知りたい」を叶え、ざっくばらんに語り合い、お互いの経験や知恵を分かち合う場です。
この春、取り上げる日記は、和木 郁さんの「子どもは常にベストを尽くしている」です。
日記には、息子が、おみやげ屋さんでおもちゃを買って欲しいと駄々をこね、まったく言うことを聞いてくれなくて、手に負えなくなってしまった。
子どもとのやり取りにイライラしたり、周囲の視線が気になっていたたまれない気持ちになったりして疲弊した体験が綴られています。
子育てをするなかで大なり小なり、同じような経験はあるのではないでしょうか?
そして、どうすればよかったのかを考えてしまったり、自分の対応が正しかったのか不安になったり・・・。
カフェでおしゃべりしませんか?
自分だけじゃなかったんだとホッとしたり、「そんな見方もあるんだ」と新しい視点に気付けたりします。
気持ちが少し軽くなるきっかけになるかもしれません。
どうぞ、お気軽にご参加ください。
※ 前回までのカフェの様子は、こちらでお読みいただけます。
★★★
こんにちは、神奈川の松下です。
子育てはよく、長い目で見て、と言いますが、その渦中のときは無我夢中すぎて子どもが大きくなった時の姿まで想像はできず、今になって、こんなふうに実を結んだのか!と驚くことがあります。まるで、映画や小説の忘れていた伏線を結末で回収したかのように。
逆に、ここは今ひとつ、伝えきれなかったか、ああ、あの時もっと徹底していれば、とほぞを噛むところもあります。
今回は、娘が成人した今だから分かる、子育ての来し方・行く末を振り返ってみたいと思います。
まずは嬉しかった報告です。
本、読書の習慣についてです。
娘は幼いころは絵本、小学生の時は児童文庫や、伝記、歴史の漫画が好きで、リビングや子ども部屋の棚はいろいろな本でびっしり埋まっていました。
小学生まではリビングで読んでいることが多く、読んでいる途中で、お風呂やご飯の時間になることはよくありました。その際、読みかけの本を開いたままひっくり返して置かないこと、横置きに積まないこと、必ず本棚に縦にして戻すよう何度も私に言われたそうです。
時は移って昨年、大学生となった娘は不要になった参考書や本をせっせと売って小銭を稼いでいます。段ボールに積めて送ると丸ごと引き取るサービスもあって、重宝しているようです。
査定では、本がまったく傷んでおらず、むしろ帯付きのピカピカだったので、高く買い取りしてもらえたとのこと。本を大切に扱うよう、子どもの頃厳しく言われたおかげ!と感謝されました。私はすっかり忘れていたので、え、そんなこと言ったっけ??と思わぬ喜びでした。
そして売らずに手元に残した本もあるようです。一体どんな本が?とスカスカになった本棚を覗くと、『若草物語』『小公女セーラ』『赤毛のアン』『クレヨン王国の12か月』『おちゃめなふたご』…などいわゆる古典、名作と言われるもの。
どうして残したのかを聞くと、娯楽として楽しくササっと読める本は一回読めば満足なので売って、何度も読んだお気に入りの本や、将来子どもができたら読ませたい本を残したそう。
今は、動画やSNSばかりで読書はすっかりご無沙汰な生活のようですが、小さい頃の読書が心を育んでくれたのかな、と想像して、密かにじんわり、にんまりしています。
逆にもうひと声だったか、と反省するところは片づけについてです。ゴミはすぐにゴミ箱に 入れること。出したものは同じ場所に戻すこと。教えていたつもりでしたが、これを徹底しきれなかったのは痛恨でした。
「机の上は、頭の中と同じ。机の上を片付けたら、頭の中もすっきりするよ」と伝えて、具体的な我が家のルールとしては「洗面所やリビングなど共用スペースは必ずきれいにしておくこと、自室についてママは一切何もしないので、自分が心地よい状態にすればOK」としてました。
メッセージとしては、きれいに整えておくことが自分自身を大切に扱うことになる、という趣旨だったのですが、子育て中はとにかく忙しくて、共用スペースもついつい、親が片付けてしまった方が早い、となりがちでした。
というより、私が散らかっている状態に耐えられなくて、娘が片付けようとするタイミングまで待ちきれなかったのかもしれません。
今も、都度つどとはいかないものの、時々「ママに言われるから」とドライヤーや散らかったお菓子の袋を片付けたりしているので、共用スペースは気にはしているようです。
けれども、無法地帯の自室は洋服や飲みかけのペットボトルなどで床が見えない状態に。ごくまれに、エンジンがかかって一気に片付け、ゴミ袋がいくつも出るところを見ると、できないわけではないようです。散らかっている状態が心地よいのかも?私とは感性が違うのかも?と思うにしています。
と、ここまで書いてきて、本については「いつもは優しいママが、これだけは厳しく言っていたので守ろうと思った」と娘が語っていたことを思い出しました。
子育てって何を大切と考えているのか、親の価値観、軸が問われるのだな。習い事でも、生活習慣でも、勉強や進路でも。ブレブレだったことも含めて。当時は必死すぎてそこまでひとつひとつ考え抜いて行動していた訳ではないのだけれど。
そういえば、私も本が大好きで、本を大切に扱うのはごく自然なことでした。「常に、すぐ片付ける」は、教えきれなかったかもしれないけど、元々どの状態で「そろそろ片付けよう」と思うかは人それぞれ、という気もしてきました。私の「すぐ」と彼女の「すぐ」は違うのであって、問題に感じていたのは私だけだったのかもしれません。
そうして子育ての来し方・行く末を通して透けて見えたのは、外ならぬ私自身だったのでした。
それでは、次の中泉さんにバトンを渡します。
神奈川県/松下いづみ
2026年04月13日(月)
No.775
(日記)


