やってごらん
こんにちは、神奈川の松下です。
我が家では娘が幼い頃から「やってごらん」という言葉が合言葉でした。今回はこの「やってごらん」について書きたいと思います。
最初に思い出すのは実家の母のことです。
幼い頃からヴァイオリンを習っていた私が小学3年生のある日。毎日練習を見てくれていた母が、「いづみちゃんは、もう一人で練習ができるね」 「これからは一人で練習をやってごらん」と言ったのです。
それまでは、母は、毎日夕方になると私がヴァイオリンを弾く部屋と、ピアノを習っている姉がピアノを練習する部屋と行き来して、熱心に練習を見てくれていました。レッスンで先生に言われたことを再現して、ここはもう一回、ここはもっとこう弾いてといった調子で、私は母の指示通り言われた通りに練習していました。母がその時何をもって私が一人でできると思ったのか、分かりません。幼い弟もいて手が回らなかったのかもしれません。
私は一人でできると言われたことに驚くと同時にとても嬉しかったことをよく覚えています。実際その後母が練習に口を挟むことはなく、先生のレッスンに付いてくることもなくなりました。私は任されたことが嬉しくて、自分で工夫して練習できることが楽しくて、嬉々として練習に励みました。
母は事あるごとに、「結局、(子どものことを) 信頼するしかないのよね」とつぶやいていました。昔も、今も。
大学生だった姉が理由はよく分からないけれども毎晩遅く帰って来ていたときは、心配だけれども玄関の鍵をかけずに、「信頼して待つしかない」と言っていました。今は泥棒が心配ですし、防犯上玄関のカギをかけずに先に寝るということはないと思いますが、その時、そうか母は子どものことを信頼してくれているのだなと感じ入りました。
自分が子育てを行う番となり、ハートフルコミュニケーションで学ぶようになってから、折に触れて母のこのエピソードを思い返します。そして子どもを信頼して任せる、というのは放置しておくことではなく、見守るということとセットなのだなと思います。ある時はともに喜んだり、悲しんだり。ある時は、そっと遠くから。いずれ、子どもが自分を幸せにする術を身に着け、巣立っていくことを願って。
そして母は、「若い頃にたまたま経験したことが、思わぬところで役に立つことがあるのよ、だから何でもやってみることが大切なのよ」とも言っていました。
母の言葉が、我が家の子育ての指針「やってごらん」に結実していきました。結果がどうであっても、大丈夫。また次に生かして、自分で選んで進んでいけばいい。
娘が小学生の頃、こんなことがありました。
我が家では清涼飲料水を買うことはほとんどなく、普段は麦茶が中心でした。一緒にお出かけした夏のある日、喉が渇いたので、飲み物を買うことしました。
私は自販機の前で何でも好きなものを選んでいいよ、と娘に言いました。娘は何でもいいの?と喜び、目を引くカラフルな外観のペットボトルに興味津々。砂糖がたっぷり入って甘そうな、飲んだことのない清涼飲料水を選びました。そして、一口飲んですぐ、これは美味しくない、失敗だったと気付きました。
そして身体にいかにも悪い、不味いものを選んでしまって怒られるかと心配そうに私を見上げました。私は「これは美味しくないと、分かってよかったね」と微笑みました。試してみて、良かったねと。うん、と娘はほっとした様子でにっこりしました。
何でも、やってみてごらん。試してみてごらん。そうして、身体の声、心の声を聴いてごらん。耳をすませて。美味しさの判定は自分の舌でする。自分の感覚と対話する。身体がちゃんと、教えてくれるよ。何も、心配いらないよ。
娘が大学受験の総合型選抜で落選したときは、「受かっても受からなくても、Aちゃんの価値は何も変わらない。大学との相性が合わなかっただけ」と、頑張ったことを称えました。その言葉はその後一般選抜試験をやり抜いた娘の支えになったようです。
大学の試験に落ちたからといって、価値は何も変わらない。挑戦したことが尊いよ、と。実際に総合型選抜で自己分析を深く深く行った経験が、その後のアルバイトの面接やゼミの入室試験など、様々なところで何度も役に立ったそうです。無駄なことは何もないね、と娘も言っていました。
さらに、娘は恋愛関係にも「やってごらん」を応用していたということが最近判明しました。
中高生の時から、よい意味で構えないというか、恋愛のハードルが低いな、恋愛体質なのかしらんと思っていましたが、実は大人になる前に恋愛に積極的にトライして、自分の価値観を知りたかったそうです。誰かと上手くいかなくたって、それは学びとなっただけ。何も損なわれない。
3代続いた「やってごらん」をこんな風に進化させるとは、お見事!と思わずうなったのでした。
それでは、中泉さんにバトンを渡します。
神奈川県/松下いづみ
2026年06月15日(月)
No.785
(日記)


