ハートフルコーチの泣き笑い日記

日々の発見やつぶやきなど。

聴き方を学ぶ


こんにちは。東京の小原です。
先日、高校生の娘と中学生の息子の会話を聴きながらハッとした出来事について書いてみようと思います。

ある日、娘が部活を終えて帰宅したとき、私は、インターホン越しにうつる彼女の様子から『今日何かあったな・・・』と察しました。彼女はリビングに入るなりソファになだれ込み、目にはうっすらと涙を浮かべている様子です。ちょうど夕食の支度をしていた私は「ご飯食べながら話を聴こうか」というと娘は「うん・・」と言いました。
そこへ中学生の息子も部活から帰宅。すぐに娘の不穏な様子を察して「お姉ちゃんどうした?」と尋ね、「話なら聴くよ」と一言。こうして夕食が始まりました。

娘曰く、普段仲の良いお友達の自分に対する言動に悲しい思いがしたとのこと。思春期の子どもたちのなかでよく起こるであろう友人間でのトラブルを口にしました。ここまでは良くある話ではあるのですが、私が驚いたのは息子の話の聴き方でした。

落ち着いたトーンで「で、何があったの?」とはじめ、娘が訥々と話すのを聴きながら、「うん」「それで」と最低限しか口を挟まない。娘が怒りの表情を浮かべながら話をしているときは、「それは怒りたくもなるよな」と返し、娘が別のお友達に悩みを聴いてもらえたという話をしたときは、「他にもいい友達がいてよかったじゃん」と一言。ひとしきり話をきき終わった後に「で、お姉ちゃんはこれからどうしたいの?」と尋ね、娘が「本当はこれからも仲良くしたいと思うよ」と答えると、「そうかぁ。じゃあどうしたらいいかね」とまた尋ねる。娘が「気持ちが収まるまで距離は置くけど、落ち着いたら自分がどんな気持ちだったかを話してみようと思う」と言うと、「うん。お姉ちゃんなら大丈夫だと思うよ」と返し、「今度同じことあったら俺がひとこと言ってやるよ」と少し笑いを交えて終了。
話を聴いてもらえた娘にはわずかながら笑顔が戻っていました。夕食を終える頃には娘が「あ〜、あなたが弟でほんと良かったわ〜」と言い、いつものように2人で変顔をしあいながらお互いの部屋に入っていきました。

この2人の会話の様子を目の当たりにして、これはまさに『コーチング』ではないかと思いました。もちろん本人はこのような聴き方を意図しているわけでも、学んだこともありません。でもこの時の息子の聴き方は、娘自身が問題に向き合えるように、力を引き出すかのようでした。

もともと我が家では子ども達が幼い頃から夕食時に『今日どうだった?』と家族で聴きあうようにしていましたが、最近は家族全員が忙しく、夕食の時間が揃わないこともありなかなかそんな時間もとれていませんでした。でもきっと家族に何かあったときは話を聴くという習慣が彼らに身についていたのかもしれません。
また普段から比較的会話の多い姉弟でお互いの様子を気にかけていたからこそ、息子は話を聴こうという思いになったのだと思います。それにしても息子はいつの間にこんな風に人の話を聴けるようになっていたのか、私はとても驚きました。というのも、これまでは息子自身がコミュニケーションの問題について悩んでいたことが多かったからです。

もともと息子は、自分の思いを人にうまく伝えるのが苦手でした。例えば以前は、同じ部活の仲間との間で、活動に対する意識の差が見えたとき、強い口調で糾弾してしまったり、厳しく言い過ぎて反感をかってしまったりということがよくありました。学校から帰ってくると毎日のように誰かに対して怒っているような状態で、常にイライラしている自分も嫌になっているようでした。そのことについて相談された私は、息子の話を聴きながら、本当に伝えたかった思いは何だったのか、どう伝えればよかったのか、を一緒に紐解いていきました。
そんなことを続けていくうちに、時には言いたいことがあっても黙る、誰か別の人から伝えてもらう、言葉でなく行動で伝える等、自分でトライしている様子が普段の会話から垣間見えることもありました。

また、『伝える』だけでなく、相手のことを『聴く』ということも大切だよということを息子に話したこともあります。例えば先生からの言われ方や友達からの一言に疑問を感じたとき、まずは相手の言葉の表面を捉えるのではなく、裏にある思いや考えを想像してみる。そして可能なら実際に相手に聴いてみるとわかることがあるかもしれない、と。それでもわからない・理解できないこともあるし、時には受け流すことの大切さについても触れながら・・・。

思えば、『聴く』ということについては私自身もハートフルコミュニケーションを学ぶなかで何度もトライ&エラーを繰り返してきました。そして今もなお『聴く』ということの難しさを実感する日々でもあります。

『きく』という漢字には『聴く』『聞く』『訊く』など色々なものがありますが、私は、その中でも『聴く』というのは『相手の話に自らの意思で耳を傾け、ありのままを受け止める』という意味で捉えています。講座のなかで、自分の「きき耳」をチェックしながら、自分がいかに人の話を“聴け”ていないかということに直面しました。

息子との会話の中で特に失敗が多かったのが、『根ほり葉ほり質問してしまう(訊きすぎてしまう)』ということでした。自分の不安をどうにかしたいという気持ちが先走り、自分の知りたいことを口走った結果、息子からシャッターを下ろされることがしばしばありました。
そのたびに講座で学んだことを思い出しながら、本人が話をしてきたらまずは黙って聴くことを心がけるようにしました。でもどんなに意識していても、拙い言葉でわずかにぼそぼそとしか話さない息子に対して言いたいことは山ほどあって抑えきれないときも何度もありました。
失敗するたびに、『もっと訊き出したい』と思った時点で、それは私のエゴであることに気づくこともできました。話題によって聴き方を変えてみたり、息子の話したいタイミングを探ってみたりと試行錯誤しながらも実践を続けることで、息子とは今はほどよい信頼関係を保てていると感じています。

さて、息子はここ数年間、他者との関係性での紆余曲折を経ながら、最近少しずつ自分のコミュニケーションの取り方にバリエーションを持たせられるようになったと自分でも実感しているようです。機嫌がいいときは友達や先生とのコミュニケーションでうまくいったことを報告してくれるときもあります。そして今回の息子の『聴き方』も、彼の葛藤のすえに体得してきたものではないかと思うと、日々の生活からの学びの深さに気づかされました。そして、私自身がもがきながら実践している『聴き方』について、もしも息子にとって少しでも良い影響があったのであれば、これ以上嬉しいことはないと思っています。

それでは、次の吉野さんにバトンをつなぎます。

東京都/小原由佳 



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「この子が巣立ったら、私、何をしていけばいいんだろう?」

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2026年07月06日(月) No.788 (日記)

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