好きなものに夢中になる
こんにちは。東京の小原です。
数年前、ハートフル子育てコーチング講座(旧養成講座)を受講していた際、「自分の気持ちを意識的に整えてみよう」という話題が出ました。当時、自分と子どものペースの違いなどで頻繁にイライラしていた私はそれを聞いて、「なるほど確かに整えられるようになりたい!」と思った反面、「どうやってやればいいんだろう?」と疑問を持ったことを覚えています。
当時の私が気持ちの整え方としてすぐに思いついたことは「何かいやなことがあったら、おいしいものを食べて心を落ち着ける」というものでした。お菓子を食べたり、お茶を飲んだりしてリラックスするというのは実際に日常の中でよくやっていました。他にも「いったん目を閉じる」や「とにかく早く寝る」というのも、私にとってはむくむくと湧き上がるネガティブな気持ちを少しだけ抑える効果がありました。
一方で、気持ちを落ち着かせる方法は思いついても、気持ちを高揚させる方法はなかなか思いつきませんでした。簡単にいうと、心が動くような好きなものが見つからないのです。ですが、自分の気持ちの整え方の中には、好きなものに触れることで気分を高めたりやる気を出したりする整え方もあるはずで、実際にそういうものを見つけている人が、快活に豊かな人生を過ごしているのを見て、どこかうらやましく思っていました。
ただ、正直なところ、心が動くような好きなものに接している自分がまったく想像できませんでした。
思い返してみると、私には年子の姉がいるのですが、幼い頃から姉は好きなものが沢山あってお気に入りのものに囲まれていたいタイプ。しかも、彼女の「好き」はジャンルが幅広く、かなり奥が深いのです。
他方、私自身は、ものにはあまりこだわりがなく、これまで好きなものに夢中になった経験もほとんどありません。姉や友達が好きなものを一緒に追いかけることはあっても、自分で見つけたことがないのです。自分が好きなものを誰かに伝えたとき、それを否定されることも怖く、自信がなかったのだと思います。
そしてさらに、私の中の「母」という役割が、何かに夢中になるのを抑えているような節もありました。「子どもを“しっかり”育てないといけないから、母である自分は“きちんと”していないといけない」といった凝り固まった思いや、物分かりの良い理性的な人間でありたいという考えもあり、好きなものに夢中になっている自分を心の底では受け入れようとしていなかったのだと思います。
何かに魅了されるということ自体はもちろん年齢や役割などに関係なく素敵なことであると頭ではわかっているはずなのに、素直に受け入れられない自分がいる。このことに何となく気づいていながらも、もしかしたらいつかその瞬間が訪れるのではないかと淡い期待を抱いていました。
ところがそんななか、突然の転機が訪れました。ついに人生初の“推し”なるものを見つけることができたのです。
はじめは、『わずかなひっかかり』でした。「いいなぁ、素敵だなぁ」ではなく、「なんだろう、気になるなぁ」。ただ、そのひっかかりをそのままにせず、心のままに追いかけて情報を調べていった結果、だんだんと輪郭がはっきりしてきて、「きっとこれは私が気に入っているということだ」と気づくことができました。
ただ、ここでもまた好きなものに夢中になっている自分を受け入れられない気持ちがむくむくと膨れ上がり、情報を調べる手を全力で止めてきました。「え? いい年して何かに夢中になってるの?」と言われているようで、恥ずかしいような、責められているような思いになり、迷うことも多かったです。
この考えを変えてくれたのは高校生の娘でした。娘も、私の姉と同じく「好きなもの」が沢山あるタイプです。この迷いを伝えてみたところ、「いいじゃん! 最近笑顔が増えてて、好きなものがあるお母さんってすごくいいと思うけど。好きなものがあってもお母さんらしさは変わらないし」と後押ししてくれました。
“推し”を見つけたとき、あらためて自分が何かを好きだと感じることができたことに、どこかホッとした思いになりました。そして、好きなものに夢中になることを止めていたのは、私自身の「こうあるべき」という思い込みであることもわかりました。
私の中にあるこの「べき」は相当な頑固者で、娘からの強力な後押しを得た今でも時折顔を出してきますが、その都度「本当はどうしたい?」と問いかけるようにしています。自分が進みたいなら進んでみればいいという、当たり前の思いにフタをする自分はなんと面倒くさいのだろうと思いますが、これも私自身。だから私の“推し活”は未知との出会いでもあり、おそるおそるやっています。そして“推し”の情報を調べてニマニマしている自分は、予想していたよりは少しおとなしい気がしますが、確かに気分は高揚し、日常に彩りが加わり、大いなるパワーをもらって日々を過ごしています。
自分の心と素直に向き合い、その小さな変化に気づいて、確かめるために自分で行動してみる。そして時には止める自分とも対話してみる。そうすると、いくつになっても、どんな役割を背負っていても、新たな発見があるのかもしれないと思いました。
それでは、次の安部さんにバトンをつなぎます。
東京都/小原由佳
2026年08月31日(月)
No.795
(日記)


