ハートフルコーチの泣き笑い日記

日々の発見やつぶやきなど。

巣立ち後の私と母


先日、
「泣き笑い日記 オンライン・ホッとカフェ」の「巣立った後、どうする?」というテーマでのおしゃべりに参加しました。

我が家の子どもたちは9歳7歳4歳1歳なので、巣立っていくのはまだまだ先だという感覚です。それでも少しずつ長男が思春期にさしかかり、すべてを語ろうとしない姿や家ではまだまだ甘えるけど外では距離を感じることもあり、ちょっとずつ成長を感じています。
日々、「あと少し、、、今を大切にしなきゃ」と思わされます。

ホッとカフェでは、お子さんの巣立ちを目前に感じてらっしゃる方が「子育てをやりきる」という事を話していらっしゃったのが印象的で、私にとって「子育てをやりきる」ってどんな事だろう?と考えるきっかけになりました。
やりきるためにも“私の人生を楽しむ、子育てもその一つ”といったバランスでいきたいです。まだまだ子育て中心になりがちなので、コツコツ自分ファースト続けています。

まず、私の人生を楽しむためには、周囲に頼らなければ難しいところがあります。周囲に頼ることの一つに私の母に子どもたちを預けることがあります。
ただ、母は仕事をしており、忙しい毎日、、その時点で、頼ることを躊躇う私がいます。

先日、三男が私とふたりでデートをしたいということで、母に他の3人の子どもたちを見てほしいとお願いをしました。
仕事終わりに見てくれることになり、母から「(デートから)15時30分には帰って来て、ここのところ疲れ気味なので」と返信がきました。
以前までの私ならこのメッセージを読んで、「疲れ気味なら、また別日でいいよ」と返し、頼るのをやめていました。それは、昔から家族のために頑張る母に「お母さんだって、しんどい。」と言われるのが嫌だったという経験から来ていると思います。

私は母のそのひと言がなぜ嫌なのか。
普通に母の気持ちとして受け取ることもできるはずなのに、私の中では、その言葉を聞くと私の甘えは拒絶されたと受け取っていました。
甘えたい気持ちを抑え「私ひとりでやってみせる!」と、度々力を発揮してきました。私の心の平穏を保つために、拒絶されたのではなく、私が自ら選んで行動していることにしたかった。
単純にいつも頑張ってくれている母にこれ以上負担をかけたくないという気持ちもありました。

しかし、母が本当に私の甘えを拒絶したくて言った言葉なのか? 私の勝手な捉え方でひとり悲しいと感じてきたのではないか?と今なら考えることができるようになってきました。
それは、数ヶ月前に母が「疲れているのは本当だけど、孫のために何かしてあげたい。だから、できることを今している」と気持ちを話してくれたからです。

今回も母の疲れているというメッセージを見た瞬間、じわっと心に広がるものを感じたのですが、母が気持ちを話してくれたおかげで、これは嫌味でも愚痴でもなく、本音をお願いとして私に伝えてくれているだけだと受け取ることにして、「疲れ気味のところすみません。ありがとう。」となんとか送ることができました。

三男とのデート当日、母は笑顔で子どもたちを迎え入れてくれました。
子どもたちには、ばぁばは疲れているけど今日は私たちのために時間を作ってくれたことを事前に伝えていました。すると、子どもたちはそれぞれにマッサージをしたり、お手伝いをしたり、労いの声をかけたりと感謝を伝えていました。

デートからの帰宅後も母はずっとにこやかで、三男に「楽しかった? たまにはひとりで母ちゃんに甘えないとね」と話を聞いてくれていました。帰るときには車まで荷物を持って「またゆっくり違う日においで」と見送ってくれました。
振り返ってみると私は何を怖れているのだろうかと思うくらいに、母の言動ひとつひとつが有難く、私も子どもたちもとても満たされた一日でした。

私は就職をして一人暮らしを始め、もうとっくに巣立った気持ちでいたけど、やっぱりまだまだ母に助けてもらうことがこれからもあるんだろうなと思います。
本音は、母に頼るとまた過去のような気持ちを感じて悲しくなるのではないかという怖れと、でも頼ることで有難いことに私も子どもたちもハッピーに過ごせるという体験の間でまだ揺れています。

頼るときには、断られる覚悟も必要とアドバイスをもらったことがあります。
断られてもそれは私を拒否しているとは限らない。頼る相手の状態を見極めることも必要。素直に甘えて、相手に断られたらそれも素直に受け入れる。
それは互いに気持ちよく支え合うことができる関係にとって必要だということを、母とやり取りしながら体感して腑に落としていく途中にいます。

これから私は互いに頼れるコミュニティを作っていく。私にとっては苦手分野ですが、子どもと私の人生のために困ったときに「助けて」と言える場を増やしていきたいです。

巣立ったあとも続く親子関係。私と母の関係を感じながらも、いつかくる私と子どもたちの巣立ちのとき、どういう私でいるのが私は嬉しいだろうと描いて作っていきます。

お次は中野さんへバトンを繋ぎます。

大阪府/安部恵利華 



2026年09月07日(月) No.796 (日記)

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