親子のかたち
はじめまして。今回より仲間入りしました、東京の中野です。
今、この原稿を書いているのは、夏休みも終わりに差しかかった頃です。
この夏休みは、高校受験を控える中3の娘と、いくつかの高校を見学しました。
少し前まで、「高校生になれるのかな」と不安そうにしていた娘。日々、彼女の言葉を聞くうちに、少しずつ心配がほどけてきたようです。今では「高校生になって青春したい」と、先の楽しみを口にするようになりました。
娘の表情が少しずつ明るくなっていくのを感じながら、私もほっとしていた、そんなある日の高校説明会の帰り道。娘がポツリと言いました。
「彼氏欲しー」
突然の言葉に、私は思わず娘の顔を見ました。
先ほどまで高校の校舎や制服の話をしていたのに、急に「彼氏」という言葉が出てきたことにも驚きました。でも、それ以上に、
「そんな気持ちを、こんなふうに素直に親に言うんだ!」
ということに驚いたのです。
「へえ、彼氏欲しいんだ」と、できるだけ平静を装って返しましたが、胸の奥は落ち着きませんでした。うれしいような、戸惑うような、これまでとは違う娘の一面に出会ったような気持ちでした。
その日のことを家に帰ってから高2の長男に話すと、
「自分も彼女欲しい」
と返ってきました。
いつものように「へー」と言葉少なく返ってくると思っていたので、まさかの回答にまた驚きました。
長男も恋愛に興味を持っていることはうれしい。でも同時に、「もうそんなことを考えるようになったんだ」と、心が一瞬置いていかれるような感覚もありました。子どもたちが少しずつ、私の知らない世界へ歩き出していることを感じたのです。
「なぜ私は、こんなに戸惑うんだろう?」
そう考えていると、数十年前の自分の中高生時代を思い出しました。
私は、親に恋愛について話すことはありませんでした。好きな人がいることや彼氏のことはもってのほか、異性のことすら話をしませんでした。
男友達から家に電話がかかってきて、自分の部屋で話していると、
「誰から?」
「何の話?」
と後から聞かれました。
そのたびに、胸の奥を見られているような気がして、私は身構えました。何度も聞かれると、イライラしてごまかしたり、返事を濁したり。遊びに行くときも、「どうやって親に内緒で出かけよう」と考えていたものです。
今思えば、母も私のことが心配で、いろいろ知りたかったのでしょう。でも、聞かれるたびに心を閉じていった自分の感覚もありました。心配されているとわかっていても、踏み込まれたくない気持ちのほうが強かったのです。
だからこそ、今、子どもたちが「彼氏が欲しい」「彼女が欲しい」と私に話してくれることが、不思議に感じられるのです。うれしいのに、なぜか胸がざわつく。その理由を考えるうちに、私は自分の過去と今の親子関係を重ねて見ているのだと気づきました。
私は、子どもたちの恋愛感情に戸惑っているのだと思っていました。でも、本当は恋愛感情そのものより、「自分が育ってきた親子関係とは違う関係が、今ここにある」ということに驚いていたのかもしれません。
我が家では、恋愛の話もできる。子どもたちは、私に話してもすぐに否定されるわけではないと思ってくれているのかもしれない。
そうやって話してくれること自体が、私を信頼してくれている証なのかもしれない。
ハートフルコミュニケーションで学んできた「まずは聴く」ということは、こんなところにもつながっているのかもしれません。
以前の私なら、「彼氏より前に勉強でしょ」とか「えっ!まだ早くない?」など彼氏が欲しい気持ちを受け止めず、否定するように別のことを言っていたかもしれません。
私が真っ先に心に思い浮かぶ言葉よりもまず受け止めること。その積み重ねが、子どもたちにとって話しやすい親子関係をつくってきたのだと思うと、これまでの関わりも無駄ではなかったのだと感じました。
実際に好きな人や恋人ができたら、私はどうするんだろう?
どんな子なのか気になるし、家に遊びに来たら、どんなふうに接したらいいのかも気になる。もしかしたら、あれこれ気になって、根掘り葉掘り聞いてしまうかもしれません。
でも、私がかつて親に踏み込まれるのを嫌がったように、子どもにも子どもなりの守りたい領域があるはず。
話してくれたことをうれしく思いながらも、話してくれないことまで無理に聞き出さない。
そんな距離感を、これから私は学んでいくのだと思います。すべてを知ろうとしないことも大切なのかもしれません。
ならば!
「ステキな彼氏・彼女になれるように、子育てしないと」
どんな相手と出会うのか、どんな恋愛をするのか。それはもう、子ども自身の世界。
私ができることは、誰かを大切にし、自分のことも大切にできる人に育っていくことを、そっと応援することなのかもしれません。私が先回りして道を決めるのではなく、子ども自身が考え、選び、経験していく姿を見守ること。そのために、これからも話を聴ける私でありたいと思います。
でも、近い未来、子どもから恋人を紹介される日が来たら、私は平静を装って「こんにちは」と言えるのだろうか。
きっと笑顔を作りながら、心の中では、
「この子か!」
と、大騒ぎしていることでしょう。
子どもが自分の人生を、また一歩、自分の足で歩み始めるとき。
私もまた、自分が育ってきた親子関係を振り返りながら、新しい関わり方を学んでいくのだと思いました。
成長に戸惑うのは、子どもが遠くへ行ってしまうからではなく、親子の関係が少しずつ新しい形に変わっていくからなのかもしれません。
寂しさもあるけれど、それ以上に、これからどんな関係になっていくのか楽しもう。
そんなことを思った、夏の終わりでした。
次回の吉野さんにバトンを渡します。
東京都/中野裕美子
2026年09月14日(月)
No.797
(日記)


