困った母ちゃん脱却
千葉の小林です。
山田さんの「子育て四訓」。ハートフルコミュニケーションでいう「ヘルプとサポート」と似ているように感じました。お子さんの年齢が離れていらっしゃるなかで、それぞれの成長にあわせてサポートしていらっしゃる山田さんにエールを送ります。
そして、山田さんの日記をきっかけに、最近の私を振り返りました。
今回は、もうすぐ19歳になる息子について書きたいと思います。
私がハートフルコミュニケーションに出会ったのは、11年前。息子が小学校1年生のときです。そのときからなるべく余計な手助けはしないように心がけてきましたが、今年の大学受験で改めて「どこまでが余計な手助けなのか」について考える出来事がありました。なんと共通テストの受験票を前日に紛失してしまったのです。
2021年05月03日(月)
No.510
(日記)
目を離さず、心を離さず
東京のやまだです。
本藤さんのアメリカ留学で得た経験が自信という財産になったお話、とても共感しました。
私もかつて1ヶ月ほどでしたが単身イギリスへ。初めて見るビックベンに心を奪われた記憶と共に若き日のアドベンチャーが懐かしく思い出されました。
さて、我が家の2人の息子は6歳差兄弟です。3月、4月は卒・入学が続き長男は中学生に、次男が小学生になりました。特に4月に入ってからの数週間は2日連続の入学式に始まり、それぞれの書類書きや持ち物の確認、保護者会、部屋の環境整備など、思っていた以上に親の私の方が気忙しい日々でした。ようやく新たな生活リズムに少しずつペースを掴みはじめてきた感じです。
2021年04月26日(月)
No.509
(日記)
記憶からのエール
東京の本藤です。
中溝さんの「自分で選ぶ」感覚についての話、深く頷きながら読ませていただきました。ご自身の気持ちと行動を客観的に振り返って気付くこと、それが熟成の過程なのですよね。私も見習いたいです。
さて、コロナ禍でのテレワークが始まって1年以上が経ちました。淡々と進められるオンライン会議での唯一の楽しみはアイスブレイクで話すミニトークだったりします。先日のお題「あなたの好きな場所は?」が私の中でヒットし、「コロナが明けたら、どこに行きたいかな…」と一人で考え始めました。
何か行動を起こしたい!と思っても、現実的には難しいこのご時世、でも、考えることだけは自由です。ふと気づくと、心に奥にある思い出がたくさん溢れ出てきました。それは、最初のアメリカ留学での記憶で、もう30年も前のことです。
2021年04月19日(月)
No.508
(日記)
我慢と選択
千葉のなかみぞです。
読み聞かせってほっこりしますよね。我が家は小5の夏頃までやっていました。が、私が一番先に寝落ちしてしまい、「ママー、今日はちゃんと読んでね。」とサラウンドで(双子女子です)言われたことを懐かしく思います(恥)。
先日、約40�圓離瀬ぅ┘奪箸棒�功したゆりやんレトリバァさんのお話を目にしました。「食事制限はしんどかったけど、自分のために「選択」を続けた。それは「我慢」ではなくて「選択」。はじめは好きな人に振り向いてもらうためのダイエットだったけれど、いつしか、「痩せる」ことは「自分の健康のため」であり、「自分を大切すること」だと気付いた」とのこと。
「我慢」ではなくて「自分で選ぶ」という感覚。ゆりやんさんはきっと、長い時間をかけてご自分と対話を重ね、より深く自分と向き合われたのだと思います。
私はどうだろう。「自分で選ぶ」感覚を持って、自分を大切にしてきただろうか。
2021年04月12日(月)
No.507
(日記)
ぬくもりを感じるひととき
広島の大下です。
桜井さんの、「長男は、私がいつまでも後悔することなんて望んでいないんだな、と気づくことができました。」という言葉に、ぐっと胸が熱くなりました。
さて、今回は我が家の読み聞かせ事情について書こうと思います。
我が家では、昨年からほぼ毎晩、小学校2年生娘に絵本の読み聞かせを実施中。その日に読む絵本は、家にあるものや図書館で借りてきたものの中から一冊、そのときの気分で、娘や私が選んでいます。
「読み聞かせ」って、不思議なんですよね。
2021年04月05日(月)
No.506
(日記)
息子の就活から思わぬ展開に!
大阪の桜井です。
自分のイライラの正体を突き止めて、息子さんを見守った秋岡さん。そんな秋岡さんだからこそ、息子さんは勉強ができることより大事なことを学ぶことができたんだなぁ、と思いました。
さて、我が家の長男は、もう子どもではなく、ほぼ大人になりました。この4月から大学4年生になります。就職活動もいよいよ始まりました。何事にも慎重な長男、やはり就職活動のスタートも超慎重でした。自分がどんな仕..
2021年03月29日(月)
No.505
(日記)
結果よりも大事にしたいもの
今回よりデビューします、秋岡です。
山本さんのお話を読んで、何年後かに自分の身に降りかかるであろう出来事を想像し、すでに胸がいっぱいになってしまいました。
今回はその胸いっぱいの相手になるであろう小学校6年生の上の息子についてお話します。
息子はこの冬、中学受験に挑んでいました。息子も私も最終学年になってもどちらかというと呑気に過ごしてきたのですが、年が明けるくらいからいよいよ緊張が高まりだしました。
ここまで向き合ってきた3年間の結果、特に志望校を目指して頑張ってきた1年間の時間と努力が、2月頭の試験日、時間でいうと数時間で結果として出てしまう・・。そう思うとグッと思いがこみ上がりつつ、同時に塾通いにまつわるこれまでの出来事がなぜか次々と蘇ってきました。今回は数年前にあった忘れもしない出来事を書いてみたいと思います。
2021年03月22日(月)
No.504
(日記)
愛することの正体、発見?!
続いて初投稿の山本です。
これからよろしくお願い致します。
羽木さんのお話、これからの自分に起こりうる話としてドキドキしながら読ませていただきました。子育ての先輩がいることはとても心強く、一人ではないことに力をいただきました。
さて、私は心揺れた一年を振り返りつつ書かせていただきます。
昨年3月末、長男は大学進学に伴い、一人暮らしをすることになりました。
関東から関西へ500キロ以上の距離だったので、何度も行くことなどできず、引っ越しも時間に追われ、片付けも終わらないままバタバタと帰って来てしまいました。
入学式にはゆっくり話してから帰って来ようと楽しみにしていましたが、コロナの影響で中止になってしまいました。
そして、長男からは全く連絡の来ない日々に私は「不安」と「心配」で心揺れながら過ごしてきました。
2021年03月15日(月)
No.503
(日記)
親修行 第二弾
兵庫の羽木です。初めて書かせていただきます。どうぞよろしくおねがいします。
娘さんはきっとこれからも田中さんに見守られて、自分でいろんなことを決めながら成長していけるんでしょうね。素敵な母娘に心からエールを送ります。
初めての投稿は、それに比べてなんとも「ヘタレな親、私」の葛藤のお話です。
昨年の3月、息子が会社を辞めました。就職して2年。このコロナ禍が始まって間もなくのことです。「さて、どうしよう。気を付けなくては!私。」と、最初に思ったことはそれでした。自分が親として、平静を保ち、うるさく口出しせずに息子を信じて見守れるか、という自分の在り方への不安です。
というのは、私は過干渉で息子を潰しそうになったことがあるからです。その頃の私は子どもたちの全てを把握して管理しようとしていました。それが子どものためと一生懸命でした。当時の私なら、「このコロナ禍に会社辞めて大丈夫なの?!」と、すぐに息子を質問攻めにしていたかもしれません。思春期になって、思い切り反抗にあい、息子の状態に悩んでハートフルコミュニケーションを学びました。私が息子から離れることで、初めて息子が自分の将来を自分で考え始めました。そうしたら、自分のこれからのために今は勉強することが大切と考えたらしく、全く勉強をしなかった息子が驚くほど頑張り、充実した大学生活を送ることができました。子育てを学んでよかった。本当に感謝です。でも、当然、彼の人生はまだまだ続きます。
おかげで、息子は自立し、社会人となり、子育てもひと段落。私は親の介護や地域のことや自分の勉強で忙しくなり、頑張る息子を遠くから応援する母になっていた。はずなのですが、「会社を辞めた」と聞いた途端、心がざわついたのです。
「転職か。さあ来たぞ、次の修行」。同じ間違いを繰り返してはいけないと、妙な緊張が走りました。もう一人で暮らし、社会に出ている息子。今は転職も珍しくはない。何をそんなにと笑われそうですね。
2021年03月08日(月)
No.502
(日記)
娘が決めたこと
続けて初投稿の田中です。
これからどうぞよろしくお願いいたします。
小林さんのお話、少しドキドキしながら読みました。
娘さんは、おもいもよらない状況に戸惑われたことでしょう。
ともに辿られた時間に胸が熱くなりました。
目標を持ってさらに進み出した娘さんと、それに寄り添う小林さんに、心からエールを送りたいです。
私は以前知的障がい者の通所施設で働いていました。
そこでは、多くの学習の機会を得ました。中でも、「ピープル・ファースト」を知れたことは、私にとって大きな学びでした。
「ピープル・ファースト」は、知的障がいをもつ人たちが、自分たちで自分たちのために発言する、自己権利擁護組織です。文字通り、第一に人間。障がい者であるまえに人間です、という意味です。
「自分のことは自分で決める」を合い言葉に、日本でもピープル・ファースト全国大会が開催されています。
1泊2日の日程で行われるのですが、全体会や交流会、多種多様な分科会に至るまで、知的障がいのある当事者が会議を重ねて決定し、運営しています。
私はそこで、生き生きと自分たちの思いを発信し、自信に満ちあふれた障がい当事者達の姿を目の当たりにしました。
そして親や支援しているはずの職員が、いかに当事者本人の選ぶ機会や決定する機会を奪っていたのかということに気づかされたのです。
通所施設に通う人はみな成人していました。けれど、親からの申し送りでは「お弁当を作れなかったので、昼にはおにぎりを買わせてほしい」「寒くなったらこれを着させてほしい」というようなことがありました。
なかには、食べるものが決まっていることで安心して過ごせる人や、体温調節が難しい人もいます。そういう人たちには当然必要な支援です。
だけど、親の心配をよそに、お昼ご飯を買いに行くとカップラーメンを選ぶし、寒くなったらストーブの前に立ちます。それぞれ十分に本人が心地の良い選択をしているのです。
言葉だけでのコミュニケーションでは通じにくい場合もあり、意思疎通の難しさを感じることもありましたが、彼ら彼女らは確実に自分で選び、決定していました。
あれから20年がたち、私は現在3人のこどもの母親になりました。真ん中の娘には知的障がいがあります。
2021年03月01日(月)
No.501
(日記)
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