母と娘と、台所の距離
松下さんからバトンを預かった中泉です。
フラットに話せる家族との関係──私は47歳にして、いまだ訓練中です。
毎年この時期になると、胸の奥が少しざわつきます。
それは、お正月の実家への帰省について。母から必ず、「今年はどうする?」と聞かれることが分かっているからこそ、ここ数年、私は旅行やイベントをあらかじめ入れて帰省をうまく回避してきました。昨年は長男が受験生だったため、「お正月も塾があるから」というもっともらしい理由で切り抜けました。
思えば、いつからお正月の帰省を避けるようになったのでしょうか。
毎年、弟家族は神奈川から実家に帰省します。義妹(弟の妻)は本当によく気が利く人で、実家の台所に母と義妹が立つと、阿吽の呼吸で次々と事が運んでいきます。
私はその様子を見て、「私の役割は子守りだ」と自然に決めました。雪の中でも子どもたちを外に連れ出し、公園で遊び、みんなをまとめて寝かしつける──そんなふうに“自分の居場所”を作ってきたのです。
2025年10月13日(月)
No.748
(日記)
楽しい我が家
こんにちは、神奈川の松下です。
長崎さんの「何かあったときに素直に話せる母」でありたいという気持ち、とても共感しました。
先日8月25日に開催した泣き笑い日記「オンライン・ホッとカフェ」でも、
どうしたら親子で何でも話せる関係を築けるのか…ということが話題になりました。
我が家ではどうだったかな?と、思い出したことを書きたいと思います。
私はあれこれ考えるけど根は楽観的な性格で「大丈夫」が口癖、
それに対して今は大学生になった娘は元々完璧主義で超・心配性、
常に緊張しながら、周りの様子を観察しているような子でした。
自分を守ろうとするためなのか、時に周囲に対して強い言葉を投げかけることもあり、
同級生とのコミュニケーションが上手く行かない時期もありました。
特に小学高学年から中学校にかけて思春期を迎えたころは、
本人の精神状態も一番不安定だったように思います。
今聞くと、当時、周りの人はみな敵だと思っていたそうです。
思春期の頃も親である私とは特段こじれた関係ではなかったですが
私は仕事やライフワークの音楽活動で忙しく、
娘の幼少期と違って会話が少なくなりがちでした。
2025年10月06日(月)
No.747
(日記)
3人目の思春期
奈良の清瀬です。
長男、長女の思春期が落ち着きを迎えてきた今日この頃、どうやら次男に思春期が訪れてきました。3回目となれば簡単に対応、乗り越えらると思いきや、まだまだ試されてます。
次男の自己中心的で自分勝手な行動にイライラしてしまいます。
次男に、どうしたい? どうなりたい?を聴くといつも、「自由」。
彼は今、中学一年生。学校はそこそこ楽しんでるし、部活もそこそこ頑張っている。
けれど、学校から帰ると荷物を置いて直ぐにゲームを始め、テレビをつけてYouTubeを見て、学校のChromebookでひたすらショート動画を見る。
つい、「もうやめろ」「いつになったら宿題をするのか」「いつ風呂に入って寝るのか」と言ってしまう。
「わかった、ちょっと待って」「うるさい」と言ったり、怒り出す。
2025年09月29日(月)
No.746
(日記)
反発のわけは…
愛知県の藤岡です。
和木さんの「人を羨ましいと思うこと」の日記に、他の人がどう思うかでなく、自分が自分のために選ぶ「自分」でいたいな、そして周りの人の「その人らしさ」を見つけて、にこにこしながら過ごしていたいなと思いました。
さて、先日のできごとです。
私は思わずこう言っていました。
自分の母に「あぁしなさい、こうしなさい」と言われて、「うるさーい!!」
娘たちが思春期に入って以降、私が子どもに「うるさい」と言われることも時々あります。
そんな私が母に対して「うるさい」と発してしまったことに、自分でも笑えてしまうのですが、このとき自分の感じたことを深掘りすると、反発する子どもの側のことがわかるかなと思い、今回書いてみます。
2025年09月22日(月)
No.745
(日記)
人を羨ましいと思うこと
功刀さんの日記を読み、子どもが立ち止まれる場所を提供するという言葉にハッとしました。もし我が子が「停滞」の状態になった時でも、その時間を意味のあるものとして捉え私自身が落ち着いていたいなと思いました。
こんにちは。広島の和木です。
先日、昔の自分の悩みを思い出すできごとがありました。子どものリクエストで、新幹線を見に広島駅に行った時のことです。
ちょうどお盆休みの最中だったので、いつもより混雑していました。さてそろそろ帰ろうかと娘と二人で、人をかき分けながらホームを歩いていたら、突然小学校低学年くらいの男の子が私たちの目の前に現れて大きな声で話しかけてきました。大きなスーツケースを引っ張って、少し後ろにはお母さんらしき人。その親子はラテン系の顔立ちをしていました。切符を指さしながら「どこ!」と言っていたので、乗り場が分からないのだと察しました。
2025年09月15日(月)
No.744
(日記)
立ち止まるチカラ
同じ行為でも「主体的に」取り組むことで、モチベーションが違ってくるのですね。先週の菅原さんの日記を読んで、たまに愚痴りながら物事をこなしている自分を思い出し、反省してしまいました。
こんにちは、東京の㓛刀です。
夏休みが終わり、高3の息子の2学期がスタートしました。9月半ばには共通テストの出願が始まり、大学受験がぐっと間近に迫ってきます。
息子は高3に進級する前の春休みから、調子よく受験勉強に取り組んでいました。ところが6月頃から様子が一変。勉強が手につかず、気づけば音楽を聴いたり、友だちと通話したり、YouTubeを見たり。
とはいえ、よく食べ、よく笑い、会話もするので、最初は気にしないよう心がけていました。しかし1か月ほど経っても状況は変わらず、さすがに心配が募りました。
2025年09月08日(月)
No.743
(日記)
好きなコトが辛かった訳
こんにちは。東京の菅原です。
料理は、昔から私の好きなことの一つです。献立を考えながらスーパーの特売をチェックする時間も大好き。
なのに、仕事帰りにスーパーに寄って、帰宅後、息つく間もなく夕食を作る毎日が、ある時期から苦痛になっていました。
「好きなことなのに、なぜこんなにストレスを感じるのだろう?」
家族のために美味しいご飯を作りたい気持ちはあるのに、帰宅後の私は大抵不機嫌。
重たい買い物袋をぶら下げて帰宅すると、仕事の疲れとは別の憂鬱な気持ちに襲われます。
一番の原因は時間の余裕がないこと。献立を考えて、買い物して、急いで作る・・・この一連の流れが、「やらなきゃいけない義務」になっていました。
タイムトライアルのように30分で作り終えた時はなんともいえない達成感があるのですが、でもその分、気力体力はすり減ります。自分の時間管理のせいと思いつつも、なんとなくズルズルと過ごしてしまっていました。
そして、また別のモヤモヤは、ほぼ同じ時間に帰宅する夫が、私が夕食作りに追われている横で、ソファでくつろぎながらテレビを見ていること。その光景に、不公平感や「やらされている感」を覚えてしまうのです。
2025年09月01日(月)
No.742
(日記)
真面目であるということ
こんにちは。東京の小原です。
「あなたの長所は何ですか?」
この歳になってこの問いに答える機会は殆どなくなりましたが、私が大学生で就職活動をしていた頃は、この問いによく頭を悩まされていました。自分の長所について自信を持ってこたえられるわけもなく、数ある短所の裏返しから当時の私が導き出した答えは「真面目である」ということでした。
学生時代を振り返ってみると、確かに中学・高校・大学を含め..
2025年08月25日(月)
No.741
(日記)
止めたい私を止めたい
こんにちは。
夏休み、わんぱくな子どもたちと賑やかな毎日の安部です。
ここ2年程、気になっている夫と次男6歳の関係性。夫は兄弟喧嘩をしている次男にいつも威圧的に対応するのですが、そうなると次男はヒートアップ。大声を出して拳を振り上げ反撃、最後は「父ちゃんのバカ!!」と言い放ち、ひとり2階へあがり泣き叫ぶ。そのあとしばらくして落ち着いたかと思えば、夫へまた向かうのです。
その流れを私は見..
2025年08月18日(月)
No.740
(日記)
信じて見守る覚悟
★★★第23回「泣き笑い日記 オンライン・ホッとカフェ」★★★
【日時】2025年8月25日(月)20時〜22時
【参加費】無料
【方法】オンライン(ZOOMを使用します)
【お申込み】https://ssl.form-mailer.jp/fms/60a57326860602
季節ごとに読者と筆者がざっくばらんに語り合う、このオンライン・カフェ。夏の夜に取り上げる日記は、「やっちゃった」です。
子どもと共に過ごす時間が長くなる夏休み。いつもはスルーできたことなのに「やっちゃった」、といったこと、ありませんか?
かつてしてしまって、今もふとした折りに思い出す「やっちゃった」、ありませんか。
お互いの経験を打ち明け合い、感じたことや考えたことを分かち合って、知らぬ間に背負っていた肩の荷を軽くしてみませんか。
どうぞお気軽にご参加ください。
※ 前回までのカフェの様子は、こちらでお読みいただけます。
★★★
こんにちは。大阪の中泉です。
ハートフルコミュニケーションで「子どもの心のコーチング」を学んでから、私は子育ての中で「(子どもを)助けるのではなく、支える」を意識するようになった。
失敗も貴重な経験につながる大切なプロセス。そう思い、「水筒を忘れた」「お弁当を持っていかなかった」ときも、あえて届けに行かないようにした。
子どもが自分で考え、自分の責任を引き受けていくようになることこそが、自立への道だと信じたからだ。
私は、もともと正しさや秩序を大事にしたいタイプ。何事も「あるべき姿」に整っていないと落ち着かない。だからこそ、目の前の“準備不足”や“うっかり”に口や手を出さないでいることは、思っている以上にエネルギーが必要だった。
でも、それでも「親の不安」から手を出すのではなく、「子どもを信じる気持ち」から支えたい。そう自分に言い聞かせて、私なりに距離をとってきた。
その結果、子どもは朝起こさなくても起きるようになり、ときには寝坊して朝食抜きで登校することもあるけれど、自分のことは自分でやる、という意識が育ってきたように思えていた。
「子どもは、自分の人生の責任を少しずつ感じ始めている。私の子育て、なかなかいい線いってるんじゃない?」
そんなふうに感じていたある日。高校1年生になった長男Aが、こう言った。
「すべてのことを、僕に任せてほしい」
2025年08月11日(月)
No.739
(日記)
| [1] [2] [3] [4] [5] [6][7] [8] [9] [10] [11] [12] [13] [14] [15] [16] [17] [18] [19] [20] [21] [22] [23] [24] [25] [26] [27] [28] [29] [30] [31] [32] [33] [34] [35] [36] [37] [38] [39] [40] [41] [42] [43] [44] [45] [46] [47] [48] [49] [50] [51] [52] [53] [54] [55] [56] [57] [58] [59] [60] [61] [62] [63] [64] [65] [66] [67] [68] [69] [70] [71] [72] [73] [74] [75] [76] [77] [78] |


