心配性・・・?
親子に限らず人と付き合う上で、「傾聴」がいかに大切なことか。菅原さんの日記を読んであらためて感じました。
こんにちわ、東京の㓛刀(くぬぎ)です。
我が家では今年の11月、父がスマホを機種変したことをきっかけに、父、私、息子の三者が互いに位置情報を共有できるようになりました。
2週間ほど前のことです。父と息子がふたりで映画を観に行きました。
映画の終了時間から2時間ほど経ち、何の気なしに二人の位置情報を見ると、父と息子の位置が100メートルほど離れています。88歳の父が足の早い息子と離れてしまったのかと心配になり、「おじいちゃんと離れちゃったの? 大丈夫?」と息子にLINEしました。息子からはすぐに「一緒にいます」と返信がありました。
家に戻ってきた息子に「さっきはおじいちゃんが迷子になったのかと思ってさ」と話しかけると、息子は顔をこわばらせて「位置情報を見過ぎだってば!」と言い放ちました。
その言葉を聞いた瞬間、私は動揺して、「見過ぎってどういうこと? 私は今日一度しか見ていないしヒマじゃない。失礼なこと言わないで!」と声を荒げてしまいました。本来なら冷静に息子の言葉に耳を傾けるべき場面だというのに。
ここで、皆さんに軽蔑されるかもしれない告白をします。確かに私は位置情報のアプリをスマホに入れてから、日常的に息子の位置情報を見ていました。最初は1日1度くらいでしたが、息子がイギリスに修学旅行に行ったことをきっかけに頻度が増え、見ることへの抵抗感も徐々に薄まっていきました。
2024年12月30日(月)
No.706
(日記)
気づいたときがその時
東京の菅原典子です。
子どもたちも大学生と高校生になり、そろそろ親としての出番も終わりが見えてきた我が家ですが、今までの私の22年の子育てを振り返ってみると、反省と後悔だらけなのが正直なところ。
そんな、苦い思い出の多い私の子育てですが、「じっくり話を聴く」ことで起きた我が家の変化について書きたいと思います。
私がハートフルコミュニケ―ションで学び始めた時、子どもたちは既に中高生。特別深刻な問題や困難があったわけではありませんでしたが、学べば学ぶほど、幼少期にできていなかった(意識していなかった)ことにたくさん直面し、時すでに遅し、などと、正直残念な気持ちと後悔でいっぱいになりました。
講座で習ったことを、しっかりと小さいころから実践していればよかった、、、うちの子どもたちはきちんと一人前に自立できるのだろうか、などと心配や不安も芽生え、また、子どもたちに対して、ちゃんと子育てできていなくってごめんね、、、と、罪悪感のようなものも感じました。
2024年12月23日(月)
No.705
(日記)
君の歩んできた道は
石垣さんのブログを読んで、自分にもたくさんの「初めて」があったことを思い出しました。
東京の平沢です。
こんなふうに育つとはなぁ、としみじみ思う師走。今回は、来年4月から社会人となる長男について書きたいと思います。
小さい頃から長男は、「これ」と決めたことにしか、頑として動かないタイプでした。
親としては、いろいろな経験をさせたいと思い、小学生の頃から地域や大学の体験イベントなどに連れていきましたが、結果は大体彼が不機嫌になって終了。当時流行っていたプログラミングの体験イベントに参加したときには、教えてくれるボランティアの大学生に対して終始ふて腐れた態度を取り、帰り道で親子喧嘩に発展しました。 私は「礼儀知らずだ」と叱り、長男は「そもそも興味がなかった。それに、隣の子はできているのに、自分はできない。だから嫌だった!」と主張。
小学生時代はそんな感じで、彼の「頑固さ」や「譲らなさ」にどう向き合って良いのか分からず、悩みました。親としては「良い経験をさせたい」「多くの可能性に触れてほしい」と思ってのことなのですが、彼は興味のないことに対してはまったく心を動かさず、全力で拒むという繰り返し。
なにしろ、彼の当時の興味といえば空想遊び。ウルトラマンなどのヒーロー(怪獣?)ものが好きだったからか、ナニモノかになりきって、見えない敵と戦うといった一人遊びをよくしていました。
今、思うとその時間は彼にとって想像力を膨らませて遊ぶ、とても大切な時間だったのでしょう。私からすると、何気ない日常の一コマでしかなく、「そんなことより、様々な良い体験をさせてあげないと!」と息巻いていたように思います。
2024年12月16日(月)
No.704
(日記)
たくさんの「初めて」
鈴木さん自身を動かし続けるエネルギーについて書かれた日記を読んで、私はこんな風に自分を俯瞰してみたことがなかったのでとても興味深く読ませていただきました。
石川県の石垣です。
私は来月、娘のいるアメリカのポートランドに行きます。娘のオペア留学終了に合わせて行き、帰りは一緒に日本へ戻る予定です。この歳になって、往路は初めての1人海外!今からドキドキしています。
さて、振り返れば第一子の娘ができてから、私にはたくさんの「初めて」がありました。今回はそのことについて書きたいと思います。
最初の「初めて」は、もちろん「母」になったこと。娘を妊娠し、胎動が始まった頃から母になる自覚が強く芽生え始めました。そして、出産。生まれたはかりの娘の愛くるしさに、私の中の母性が溢れ出したのを覚えています。
2024年12月09日(月)
No.703
(日記)
「面白さ」と「人の役に立つ喜び」
瀧澤さんの海外生活での貴重な体験の裏にある不自由さとの葛藤は、私にとって、まさに自分ごと。インドネシアの鈴木です。
今回は、「面白さ」と「人の役に立つ喜び」にまつわる私を動かし続けるエネルギーについて書きたいと思います。
私は子どもの頃から、何かにハマると寝ても覚めてもそのことばかり。生きものにハマっていた小学生の頃は、学校から帰ってくれば地面に這いつくばって、時にはバッタ、時にはコオロギ、時にはカマキリ、時にはカタツムリと、あらゆるものをとにかく集める。モンシロ蝶やアゲハ蝶にハマれば卵を集めては孵化をさせ、蝶になるまで育てる。それも大量に!縄跳び、鉄棒、コマ回しにハマれば、朝早起きして一人で黙々と自主練。放課後も自主練。手芸ビーズ、クロスステッチにハマれば、とにかくそればかり。
大人になってからのここ10年ほどはパン作りにハマり、作りたいパンの師匠を見つけては教えてもらいに出かけて行く。気づけば本棚はパンに関する本だらけ、オーブンは2台になり、ミキシング用ミキサー、発酵器まで登場。ドハマり期は朝の2時3時に起きて、家族の朝ごはんには焼き立てパンがある、というパン屋のような生活をしていました。
このように、私を魅了する「面白いもの」は私を内側から突き動かすエネルギーです。
しかし、色々な「面白いもの」に出会っていくうちに、「面白さ」は私を動かす起爆剤にはなっても、それだけで同じ熱量を保ち続けるのは難しい、ということも分かってきました。自分の中の満足ポイントまで到達するとそれで終了してしまうのです。
2024年12月02日(月)
No.702
(日記)