事実と意見と私のフィルター
大阪の安部です。
中泉さんの日記にある「普通」という言葉。私も私の中にある普通という価値観をまず知ることから始めてみようと思います。
子育てをしていると、しばしばまわりの人からのアドバイスや励ましの言葉を頂くことがあります。
子どもを連れて買い物をすれば、「かわいいわね〜。大変だろうけど、頑張ってね」「今が一番いい時よ。大切にしてね」と声をかけてもらい、その言葉にとてもパワーが湧いてきたり、心救われるときもあります。有難いです。
ある日、子どもたちが私の実家へお泊りしにいくために向かっていたときのこと。次男が三男にすごく怒っていたので話を聞いてみようと側にいきました。
この時点で、私の心は少しざわついています。
次男が怒っているとき、私は苦手だという意識があります。
芯が強く、意見をはっきりと言えるタイプの次男は、怒るとさらに言葉も強くなり挑発的に出てきます。
彼の話を聴くというより、彼の感情を落ち着かせたいと思っていたのが、私の表情や言葉に出てしまっていたようです。彼はより興奮して、最終的には「俺を泣かすな〜!!」と私は敵になってしまいました。
私は聴くつもりだったのに、上手く聴けなかったことの情けなさを感じていました。そう思う自分もいるのに、私はあなたの話を聴こうと思って側に来た。睨まれたりするなんて悲しい、私は何も悪いことしてない! とイライラも感じていました。
そのまま実家へ到着。
母は私の様子と次男の様子を見て、「次男は甘えたくても上手く甘えられないんやから、もうちょっと考えてあげなさい。他の子は上手にあなたに甘えているけど、次男だけこの間もそうやった」と私に声をかけてきたのです。
私は思わずその言葉に「そんなの分かってる!」と大きく反応してしまいました。
2026年04月27日(月)
No.777
(日記)
「普通」からの解放
大阪の中泉です。
私はずっと人とちがうことを選ぶのは、いけないことだと思っていました。
まわりと同じでいることが正解だし、はみ出さないことが正解。
いわゆる「普通」に当てはまることが、正しいことだと信じていたのはつい数年前までの私です。
だからこそ、どこかで私の思う「普通」という、授業中は静かに座り、まわりに合わせることを心がけ、ちゃんとできる子でいる、という極めて主観的な自分の価値観を我が子に押し付けようとしていたのだと思います。
普通とはみんなと同じようにすること。みんなと同じようにできること。それがこの子のためだと、疑いもせずに。
長男が小学生の頃、参観日ではみんなと同じように手を挙げる我が子に笑顔を送ったし、音楽発表会もどこにいるのか探すのが大変なほどみんなに混ざって歌う姿に安堵した。学期末懇談会は毎回、特に問題はないことを確認するための担任との会話。
私の思う素晴らしき「普通」。普通にすくすくと育っている長男をみて「子育てって楽しい!」と思っていたし、「私の子育て、うまくいっている」と思っていました。
ところが、長男誕生から4年後、個性の塊のような次男がこの世に登場します。
2026年04月20日(月)
No.776
(日記)
子育ての来し方・行く末
★★★第26回「泣き笑い日記 オンライン・ホッとカフェ」のご案内★★★
【日時】2026年5月16日(土)午前10時〜12時
【参加費】無料
【方法】オンライン(ZOOMを使用します)
【お申込み】https://ssl.form-mailer.jp/fms/23a67c67880276
季節ごとに開催するホットカフェは、日記を読んだ後の「もうちょっと聞きたい」、「もっと知りたい」を叶え、ざっくばらんに語り合い、お互いの経験や知恵を分かち合う場です。
この春、取り上げる日記は、和木 郁さんの「子どもは常にベストを尽くしている」です。
日記には、息子が、おみやげ屋さんでおもちゃを買って欲しいと駄々をこね、まったく言うことを聞いてくれなくて、手に負えなくなってしまった。
子どもとのやり取りにイライラしたり、周囲の視線が気になっていたたまれない気持ちになったりして疲弊した体験が綴られています。
子育てをするなかで大なり小なり、同じような経験はあるのではないでしょうか?
そして、どうすればよかったのかを考えてしまったり、自分の対応が正しかったのか不安になったり・・・。
カフェでおしゃべりしませんか?
自分だけじゃなかったんだとホッとしたり、「そんな見方もあるんだ」と新しい視点に気付けたりします。
気持ちが少し軽くなるきっかけになるかもしれません。
どうぞ、お気軽にご参加ください。
※ 前回までのカフェの様子は、こちらでお読みいただけます。
★★★
こんにちは、神奈川の松下です。
子育てはよく、長い目で見て、と言いますが、その渦中のときは無我夢中すぎて子どもが大きくなった時の姿まで想像はできず、今になって、こんなふうに実を結んだのか!と驚くことがあります。まるで、映画や小説の忘れていた伏線を結末で回収したかのように。
逆に、ここは今ひとつ、伝えきれなかったか、ああ、あの時もっと徹底していれば、とほぞを噛むところもあります。
今回は、娘が成人した今だから分かる、子育ての来し方・行く末を振り返ってみたいと思います。
2026年04月13日(月)
No.775
(日記)
3人目の思春期 3
奈良の清瀬美帆です。
長男の育てづらさ、不登校、順調だった長女も不登校を経験する中で、ハートフルコミュニケーションが掲げる「子どもの幸せな自立」とはどういうことなのか、どうしたらいいのかを試行錯誤しつつ2人の思春期は、ほぼ終盤を迎えて少し落ち着いてきています。
さて、末っ子次男は春から中学2年生。思春期真っ只中。過去の経験から、長男の頃より、自分が整い、俯瞰して見守れるようになってきています。
以前投稿した、YouTubeのショート動画問題、
その1
その2。
共感したり、見守ったり、子どもと一緒にどうなりたいのか考えたり、ショート動画を観ても良い条件を定め、ルールを破ったらショート動画とゲームを禁止する、ここまではOK、ここからは無理という、線引きを定めました。
それでも、約束を守れずにショート動画を観て、生活が乱れたり、学業が疎かになったり、嘘をついたりしてしまいました。
自分でいろんな経験をしたり、考えたり、本人の意思を律するのは困難なくらいにショート動画に依存してしまっています。
本人は困っている様子もないし、問題であることや依存していることを自覚していないどころか気づいてもいない状況です。
次男は小さい頃から、自己主張が強く、泣いたり、怒ったりして我を通そうとしました。末っ子という事もあって、私自身がそんな姿に根負けして、向き合わず、怒ったり、約束事をあきらめたり、曖昧な態度で対応し、次男にふりまわされているようなことが多々ありました。
だから、泣いたり、怒りをぶつけたら、誰かが何とか自分の思い通りにしてくれ、尻拭いしてくれる、自分のした事の責任を引き受けられないという状況を引き起こしていると思いました。
自分に問いました。
子どもの反抗に一喜一憂するのはなんだろうか?
毅然とした状態になれないのは?
私は何を怖れているのか?
2026年04月06日(月)
No.774
(日記)


