許し
子どもは、私にとって居るだけで愛おしく幸せをもたらしてくれる存在。日常生活の中では忘れがちですが、鈴木さんの日記を読んで思い出すことができました。
石川県の石垣です。
娘が旅立っていった2ヶ月前。娘は私に、1冊の絵本をくれました。その絵本は、私と娘の想いが詰まった宝物です。
今日は、その絵本を読んだ時に私の中に蘇ってきた娘との日々、沸き上がってきた思いを綴りたいと思います。
昔の私は、娘を「いい子」に育てようと必死でした。「みんなと同じように」、「普通」が大切で、周囲の人達から見た「いい子」に躾けることが、親の役目。そして、それが娘の為になる、と疑いませんでした。
そんな私は、「こうやればいいのよ」とすぐに手を出し、「こうしなさい」と口を出す。そして、「困らないように…」と先回りしてリスクを回避する。手出し、口出し、先回りのオンパレードでした。
しかし、私の思いとは正反対に、私の手出し・口出し・先回りは娘の持っている力を奪っていきました。
「失敗」を経験できなかった娘は、いつしか失敗を恐れるようになり、失敗しそうなことは「やりたくない」と嫌がるようになっていました。また、私やまわりの人の顔色ばかりを気にして、常に相手に合わせて波風立てない選択をするようになりました。私の手出し・口出し・先回りという関わりが、娘の「やる気」と「意思」に蓋をしてしまったのです。
そして、エネルギーが尽きた娘は、中学2年の冬、学校に行かなくなりました。私を完全に拒絶し、部屋に閉じこもってしまったのです。
それまでは、私が正しいと思う方へ娘を動かしてきました。でも、エネルギー切れの娘を動かす術は、もう私にはありませんでした。私は娘を、そのまま受け入れるしかなかったのです。
しかし、そうなってもなお、往生際の悪い私は「あの子を何とかしなくては!」と諦めきれませんでした。人と関わることを怖がる娘に「私が対人コミュニケーションについて学ぼう。そして、それを私が娘に教えたら、娘は変わるかもしれない!」と、まだ娘を変えようと考えたんです。
でも、変わったのは私自身でした。学べば学ぶほど、私の中にある「いい子に育てなければならない」「しっかりした母親でいるべき」といった必要以上の固定観念や価値観が、娘と私自身を苦しめていたことを知り、変わる必要があったのは「私」だと気づかされました。
完全に崩壊した親子の信頼関係を立て直すために、一生懸命に言葉を掛けても「うるさい!」と一喝されたり、上手くできない自分を責め続けたり、私にとっては修行のように辛い日々でした。
頑張っても、頑張っても状況は変わらずに、まるで同じ場所に留まっているように感じて、何度も心が折れそうになりました。
でも、少しずつ変わっていく私を見て、「お母さんが変われたなら、私も変われるはず!」と、娘は動き始めました。段々と自分の思いを言うようになって、少しずつやってみたいことにチャレンジし、時には親娘喧嘩をしながらも娘は「やる気」と「意思」を取り戻していきました。
振り返れば、まるで同じ場所に留まって進歩がないように感じていた日々は、螺旋階段を昇るように確実に上へと進んでいたのです。
そして、20歳になった娘は、夢を叶えて旅立っていきました。
出発の前夜、娘が「これ、私と別れてから読んでね」と、手渡してくれたプレゼント。娘を見送った後、そっと封を開けました。それは絵本で、タイトルは『あなたがいてくれたから』(作:コビ・ヤマダ・訳:高橋久美子、パイインターナショナル)。私の目頭が一気に熱くなりました。
そこには、これまでの日々を歩む上で必要な力をくれたことへの感謝の言葉がたくさん綴られていました。最後は「あなたがいてくれたから、私は私を信じてみようと思えたのです」という一文で締めくくられていました。
私の目には涙が溢れ、私は嬉しさを噛み締めると同時に娘から「許された」と感じました。しかし、絵本を読む度に湧き上がる安堵感に、直感しました。娘から「許された」のではなく、「私自身から」許されたのです。
過去の関わり方を後悔しつつも、罪悪感はすでに手放したつもりでした。娘への愛情からくる言動であったこと、当時の私は他に良い関わり方を知らなかったんだから…と。でも、心の片隅にスッキリしない感覚がずっとあって、本当は心のどこかで「辛い思いをさせた」「悪い母親だった」と、ずっと自分のことを責め続けていたのだと思います。
彼女は傷を乗り越え、夢を叶えて自立していった。そして、彼女を傷つけた私が、彼女の自立をサポートできたと知って初めて、見ないように・感じないようにしてきた「自分を責める自分」がいることを受け容れ、自分自身を許せた気がします。
手出し、口出し、先回りした日々、受け入れがたかった娘の不登校、自分と向き合った辛い日々…。それらが、じわじわと水蒸気のように体から抜け出て、浄化されていくのを感じました。すべては意味のある出来事で、「あの頃があったから今がある」と心から言えます。
彼女が彼女の人生を歩み始めた今、私も私の人生を歩きます。私が残りの人生で困難や壁にぶつかった時は、この絵本がパワーとなり私の背中を押してくれることでしょう。
では、この辺で村井さんにバトンを渡します。
石川県/石垣 恵美
2023年06月26日(月)
No.625
(日記)