ハートフルコーチの泣き笑い日記

日々の発見やつぶやきなど。

未完了だったもの


大阪の中泉です。
松下さんの『悔いなく生きる』を読み、私の心の奥底にずっと蓋をしてきた記憶を、思い切って開けてみたくなりました。

思春期の頃、20年以上も前のAくんとの記憶です。
彼に恋焦がれ、青春のすべてを捧げた。そんな時代がありました。
自由を身に纏う彼が羨ましく、そんな彼の隣にいることで、自分も自由になれたような気がしていました。

大人たちが決めた正しさなんて、どこ吹く風。ときには危うささえ感じるほど、自分の思うままに生きていた彼。
こう書くと何だか素敵な青春物語のようですが、未成年での飲酒や喫煙は決して褒められたものではなかったし、無断で家を飛び出して外泊するなど、今、同じ年頃の子どもを持つ母として振り返れば、到底許せないことの数々です。
けれど、当時の私には、自分の考えを持ち、親に対しても臆することなく、違うと思うことには違うと言える、憧れの人でした。
いつも親の期待や評価を気にしていた私には、そんな彼の姿が眩しく映っていたのです。

そんな恋が儚く散ってから、長い年月が経ちました。そして今、ようやくその思いを昇華できるような感覚を得ています。
ずっと、私たちがハッピーエンドを迎えられなかったことを、両親のせいにしていました。
何かにつけて反対する両親。私の気持ちを理解してくれないことへの怒り。
「あのとき、親が反対しなければ」
そんな思いを、長い間、心のどこかに持ち続けていたように思います。

でも、今、少し勇気を出して違う角度から、あの頃の自分を見てみたくなりました。
2026年10月26日(月) No.803 (日記)

悔いなく生きる


あなたが大切


その時々でベストを尽くす


人生の転機に気づいたこと


しあわせのかたち


親子のかたち


巣立ち後の私と母


先日、
「泣き笑い日記 オンライン・ホッとカフェ」の「巣立った後、どうする?」というテーマでのおしゃべりに参加しました。

我が家の子どもたちは9歳7歳4歳1歳なので、巣立っていくのはまだまだ先だという感覚です。それでも少しずつ長男が思春期にさしかかり、すべてを語ろうとしない姿や家ではまだまだ甘えるけど外では距離を感じることもあり、ちょっとずつ成長を感じています。
日々、「あと少し、、、今を大切にしなきゃ」と思わされます。

ホッとカフェでは、お子さんの巣立ちを目前に感じてらっしゃる方が「子育てをやりきる」という事を話していらっしゃったのが印象的で、私にとって「子育てをやりきる」ってどんな事だろう?と考えるきっかけになりました。
やりきるためにも“私の人生を楽しむ、子育てもその一つ”といったバランスでいきたいです。まだまだ子育て中心になりがちなので、コツコツ自分ファースト続けています。

まず、私の人生を楽しむためには、周囲に頼らなければ難しいところがあります。周囲に頼ることの一つに私の母に子どもたちを預けることがあります。
ただ、母は仕事をしており、忙しい毎日、、その時点で、頼ることを躊躇う私がいます。
2026年09月07日(月) No.796 (日記)

好きなものに夢中になる


こんにちは。東京の小原です。

数年前、
ハートフル子育てコーチング講座(旧養成講座)を受講していた際、「自分の気持ちを意識的に整えてみよう」という話題が出ました。当時、自分と子どものペースの違いなどで頻繁にイライラしていた私はそれを聞いて、「なるほど確かに整えられるようになりたい!」と思った反面、「どうやってやればいいんだろう?」と疑問を持ったことを覚えています。

当時の私が気持ちの整え方としてすぐに思いついたことは「何かいやなことがあったら、おいしいものを食べて心を落ち着ける」というものでした。お菓子を食べたり、お茶を飲んだりしてリラックスするというのは実際に日常の中でよくやっていました。他にも「いったん目を閉じる」や「とにかく早く寝る」というのも、私にとってはむくむくと湧き上がるネガティブな気持ちを少しだけ抑える効果がありました。

一方で、気持ちを落ち着かせる方法は思いついても、気持ちを高揚させる方法はなかなか思いつきませんでした。簡単にいうと、心が動くような好きなものが見つからないのです。ですが、自分の気持ちの整え方の中には、好きなものに触れることで気分を高めたりやる気を出したりする整え方もあるはずで、実際にそういうものを見つけている人が、快活に豊かな人生を過ごしているのを見て、どこかうらやましく思っていました。

ただ、正直なところ、心が動くような好きなものに接している自分がまったく想像できませんでした。
2026年08月31日(月) No.795 (日記)

リビングのBluetooth事情


大阪の中泉です。
とある教室で、「誰にとっての『快』なのか」という話を聞いた。
食事の時間くらいはテレビを消して、家族でゆっくり会話を楽しみたい奥様。
一方、ご主人はテレビを観ながら、みんなで笑ったり話したりして食事を楽しみたい。
奥様は「テレビを消したい」。ご主人は「テレビをつけたい」。

一見、正反対。
でも二人とも、「家族で楽しい食事の時間を過ごしたい」という思いは同じだった。
違うのは、それぞれが「心地いい」と感じる状態。
なるほど。「誰にとっての『快』なのか」。そんな話を聞きながら、ふと我が家のことを考えた。

次男は、リビングでよくイヤホンをしている。Bluetoothでつないで、自分の好きな世界へ没入するのが心地よいそう。こちらが話しかけても反応がないと、「ちゃんと聞いてくれてるの?」と、私はイライラする。
一方、長男は真逆。自分の好きな音楽をBluetoothでつないで、リビング中にかき鳴らす。イヤホンの次男。大音量の長男。足して2で割ってくれたら、ちょうどいいのに。
次男には、「イヤホンをするのはいい。でも、ママが話しかけた時には答えてほしい」
長男には、「音楽を流すのはいい。でも、インターホンが鳴った時とママに電話がかかってきた時は、ボリュームを考えてほしい」と伝えている。

ここまでは、まあいい。
「イヤホンを外しなさい」でも、「リビングで音楽を流すな」でもなく、お互いが気持ちよく過ごすために、してほしいことを伝えているつもりだ。
でも、問題はその先。
二人とも特に何も悪いことをしていないのに、無性にイライラする日がある。
長男の音楽が、やたらとうるさく感じる。
次男がイヤホンをしている姿を見ただけで、「また自分の世界に入って!」と思ってしまう。
2026年08月17日(月) No.794 (日記)