ハートフルコーチの泣き笑い日記

日々の発見やつぶやきなど。

「私なんて」の処方箋


たかが長髪されど長髪


半生を支えたもの


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日記を読んだ後の「もうちょっと聞きたい・知りたい・話したい」を叶えて気づきを得て帰る、季節ごとの恒例、オンライン..
2022年11月07日(月) No.593 (日記)

次男の彼女に会ってから


素直な「ありがとう」には、本当にはっとさせられますね。
私も職場や家庭で素直に感謝を伝えられないことがよくあるので、もっと自然に言えるようになりたいなと落合さんの日記を読んで改めて思いました。

カナダのチャウです。

今日は、今年になって彼女ができた15歳の次男とのやり取りを通して思ったことを書いてみます。
15歳と言えば日本では中三ですが、こちらではハイスクール2年生の次男。受験はないし、部活も必須ではないので、平日や週末まで彼女と過ごす時間が多くなってきており、いろいろな心配がよぎります。
以前に「ガールフレンドってどういう存在? 何話すの?」と聞いたら、「別に、気の合う異性の友達」とそっけない返答だったので、ジェネレーションギャップなのか文化的な違いなのかは分からないけれど、付き合うといってもそんな軽いノリなのかと少し安心したのでした。

しかし安心したのも束の間、夏休みのある日、その彼女が初めてうちに遊びにやって来ました。私は朝からソワソワ落ち着かない時間を過ごし、初めての彼女との対面はドギマギしたものでした。これまで同性の友人が遊びに来る時とは何か違った緊張感でした。
彼女はちょっと恥ずかしそうにはにかんでいましたが、礼儀正しくて感じの良い今時っ子でした。一方、私の方が、彼女と次男をまともに見ることもできないくらいに緊張していました。何を話したらいいやら分からずに、なんだか不自然な会話に。「なんでこんなに緊張するんだろう?」というモヤモヤとともに、あまりうちに来られても困るなという気持ちがしていました。
これまで家族ぐるみでのお付き合いが少なく、夫も私も他人がうちにいる状態に不慣れで、やたらと気を使ってしまいました。
2022年10月31日(月) No.592 (日記)

「ありがとう」という言葉のパワー


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季節ごとの恒例、日記を読んで語りたくなったことを語り合うオンライン・ホッとカフェ。
秋カフェで取り上げる日記は..
2022年10月24日(月) No.591 (日記)

生きがいへの分岐点


あの時の感覚を思い出して


こっちを向いてよ


大阪の安村です。
秋岡さんのお話から、子どもの習い事とその時のやり取りを反省しつつ、思い出しました。

私には、もう大人の息子が三人います。
上が高校生、真ん中が中学、一番下が小学校高学年の頃、息子達からの言葉で気付かされたことを書こうと思います。
場面は違うけれど、3人から同じように何度となく言われた言葉。
それは、「お母さんは、聞いてない!」です。子どもたちの話の内容は、学校の話や、ゲーム、友達の話など、様々。
聞き取れなくて、聞き返したりすると「お母さんは聞いてない!」とよく言われていました。

言われる度に、何を言ってるの!?
私は、一生懸命、聞こうと思っているし、聞いている。聞く気があるから聞き返したりするんじゃない!
そもそも、料理を作っていて換気扇を回している所で、急に話しかけられても全部を聞き取れる訳ないじゃん! と、子どもの話しかけてくるタイミングのせいにしたり、聞いているけれど聞き取れないことだってあるでしょ! と開き直ってみたり。
お母さんは聞いてないと言われても、自分としては、一生懸命聞いているという気持ちの方が強くて、子どもの言葉を真摯に受け止められてはいませんでした。
ただ、聞いてないと責められるのは、何だか嫌だし、どうにか出来ないかなとは思っていました。でも、どうしたらいいのか分からないまま、聞き返しては、「聞いてない!」と、文句を言われる状況が続いていたのです。
2022年10月03日(月) No.587 (日記)

習い事から考えること


神奈川の秋岡です。
母親としての役割を背負って、配偶者への不満を閉じ込めた山本さんのかつての場面が自分のことのように蘇ってきました。でも相手を改めて見つめなおすと関係性が発展するのですね。

さて、私は子どもの習い事に関して最近見つめなおし、巡らせた思いについて書いてみたいと思います。
以前から、息子・娘の友達を見ていて、保育園の頃からたくさんの習い事をしている子がいるなと感じます。1週間の予定がびっしりと詰まっていて、いつ友達と遊んだり、ぼーっとしたりするのだろうと勝手に心配してしまうくらい。多くは親の「将来のために、この習い事を子どもにさせよう」という焦りにも似た選択から始まっているのだろうなと感じることが多々あり、親が子ども自身の意志や主体性を奪ってしまっていないのだろうかと、おせっかいにもその親子関係が気になったりしていました。

しかし、翻って最近の自分を見てみるとどうだろうか。小学4年生の娘はこれまで続けてきた体操、エレクトーン、ダンスを一つもやめずに、今年から週3日ある塾に通い始め、結局私も、子どもの毎日を習い事で埋めてしまっていることに気づきます。
塾に通い始めた前後に、何度も「ゆっくりした曜日を作るためにどれかをやめようか。」と娘に提案してはきたものの、「好きだから全部続けたい!」の一点張り。なのに、最近娘はたまに周囲の人に軽く冗談めいて「習い事が毎日あって忙しいんだよ!」と言う時があります。本当はやめたいのか、いや続けたいのか、娘の真意がわからなくなります。これは娘が意志をもって主体的に選んできた健全な状態なのだろうか、と自分自身のこれまでの子どもへの関わり方に不安を覚えるようになってきました。
2022年09月26日(月) No.586 (日記)

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