「普通」からの解放
大阪の中泉です。
私はずっと人とちがうことを選ぶのは、いけないことだと思っていました。
まわりと同じでいることが正解だし、はみ出さないことが正解。
いわゆる「普通」に当てはまることが、正しいことだと信じていたのはつい数年前までの私です。
だからこそ、どこかで私の思う「普通」という、授業中は静かに座り、まわりに合わせることを心がけ、ちゃんとできる子でいる、という極めて主観的な自分の価値観を我が子に押し付けようとしていたのだと思います。
普通とはみんなと同じようにすること。みんなと同じようにできること。それがこの子のためだと、疑いもせずに。
長男が小学生の頃、参観日ではみんなと同じように手を挙げる我が子に笑顔を送ったし、音楽発表会もどこにいるのか探すのが大変なほどみんなに混ざって歌う姿に安堵した。学期末懇談会は毎回、特に問題はないことを確認するための担任との会話。
私の思う素晴らしき「普通」。普通にすくすくと育っている長男をみて「子育てって楽しい!」と思っていたし、「私の子育て、うまくいっている」と思っていました。
ところが、長男誕生から4年後、個性の塊のような次男がこの世に登場します。
2026年04月20日(月)
No.776
(日記)
子育ての来し方・行く末
★★★第26回「泣き笑い日記 オンライン・ホッとカフェ」のご案内★★★
【日時】2026年5月16日(土)午前10時〜12時
【参加費】無料
【方法】オンライン(ZOOMを使用します)
【お申込み】https://ssl.form-mailer.jp/fms/23a67c67880276
季節ごとに開催するホットカフェは、日記を読んだ後の「もうちょっと聞きたい」、「もっと知りたい」を叶え、ざっくばらんに語り合い、お互いの経験や知恵を分かち合う場です。
この春、取り上げる日記は、和木 郁さんの「子どもは常にベストを尽くしている」です。
日記には、息子が、おみやげ屋さんでおもちゃを買って欲しいと駄々をこね、まったく言うことを聞いてくれなくて、手に負えなくなってしまった。
子どもとのやり取りにイライラしたり、周囲の視線が気になっていたたまれない気持ちになったりして疲弊した体験が綴られています。
子育てをするなかで大なり小なり、同じような経験はあるのではないでしょうか?
そして、どうすればよかったのかを考えてしまったり、自分の対応が正しかったのか不安になったり・・・。
カフェでおしゃべりしませんか?
自分だけじゃなかったんだとホッとしたり、「そんな見方もあるんだ」と新しい視点に気付けたりします。
気持ちが少し軽くなるきっかけになるかもしれません。
どうぞ、お気軽にご参加ください。
※ 前回までのカフェの様子は、こちらでお読みいただけます。
★★★
こんにちは、神奈川の松下です。
子育てはよく、長い目で見て、と言いますが、その渦中のときは無我夢中すぎて子どもが大きくなった時の姿まで想像はできず、今になって、こんなふうに実を結んだのか!と驚くことがあります。まるで、映画や小説の忘れていた伏線を結末で回収したかのように。
逆に、ここは今ひとつ、伝えきれなかったか、ああ、あの時もっと徹底していれば、とほぞを噛むところもあります。
今回は、娘が成人した今だから分かる、子育ての来し方・行く末を振り返ってみたいと思います。
2026年04月13日(月)
No.775
(日記)
3人目の思春期 3
奈良の清瀬美帆です。
長男の育てづらさ、不登校、順調だった長女も不登校を経験する中で、ハートフルコミュニケーションが掲げる「子どもの幸せな自立」とはどういうことなのか、どうしたらいいのかを試行錯誤しつつ2人の思春期は、ほぼ終盤を迎えて少し落ち着いてきています。
さて、末っ子次男は春から中学2年生。思春期真っ只中。過去の経験から、長男の頃より、自分が整い、俯瞰して見守れるようになってきています。
以前投稿した、YouTubeのショート動画問題、
その1
その2。
共感したり、見守ったり、子どもと一緒にどうなりたいのか考えたり、ショート動画を観ても良い条件を定め、ルールを破ったらショート動画とゲームを禁止する、ここまではOK、ここからは無理という、線引きを定めました。
それでも、約束を守れずにショート動画を観て、生活が乱れたり、学業が疎かになったり、嘘をついたりしてしまいました。
自分でいろんな経験をしたり、考えたり、本人の意思を律するのは困難なくらいにショート動画に依存してしまっています。
本人は困っている様子もないし、問題であることや依存していることを自覚していないどころか気づいてもいない状況です。
次男は小さい頃から、自己主張が強く、泣いたり、怒ったりして我を通そうとしました。末っ子という事もあって、私自身がそんな姿に根負けして、向き合わず、怒ったり、約束事をあきらめたり、曖昧な態度で対応し、次男にふりまわされているようなことが多々ありました。
だから、泣いたり、怒りをぶつけたら、誰かが何とか自分の思い通りにしてくれ、尻拭いしてくれる、自分のした事の責任を引き受けられないという状況を引き起こしていると思いました。
自分に問いました。
子どもの反抗に一喜一憂するのはなんだろうか?
毅然とした状態になれないのは?
私は何を怖れているのか?
2026年04月06日(月)
No.774
(日記)
再会
和木さんの日記「自分の特技認定」を読んで、私の中に認定できるところを探したいなと思いました。
宝探しのような気持ちで、探してみたいです。
こんにちは。愛知県の藤岡です。
今回は、自分から一歩行動できたことについて書いてみます。
昨年の後半、学生時代の同窓会があり、参加しました。
なつかしい仲間たちに会い、思い出話や近況報告で楽しく盛り上がりました。
そして、SNSでも繋がり、にぎやかにやりとりできるようにもなりました。
ただ、そのなかにAさんの参加はなく、他の仲間と「Aさんは参加していないね。彼女にも会いたいね」と話していました。
彼女とは住む地域が離れてからも年賀状のやりとりは続いていましたが、長い間会えていませんでした。
2026年03月30日(月)
No.773
(日記)
自分の特技認定
㓛刀さんの日記を読み、「いずれにしても背中を強く押してやりたい」と言う最後の文章、特に「いずれにしても」という言葉が、子どもと向き合う今の私の心に残りました。
こんにちは、広島の和木です。
自分には胸を張ってこれが特技だと言えるものがないと、少ししょんぼりしたのですが、それがきっかけで前向きになれたので日記に残そうと思います。
先日、「あなたの特技と言えることは何ですか」と問われる場面がありました。
「特技...特技...特技......?」と、自分のできることや好きなこと、得意なことなど、特技と呼べそうなものを頭の中から探し出すのに必死です。つまり、「これが私の特技です」と言えることがなかったんです。
その時は結局、パッとひらめいた3つーー昔10年続けていた「打楽器」、子どもの頃から好きで、褒められることの多かった「文章を書くこと」、よく決めたね、と人から驚かれるような「思い切った決断をすること」を自分の特技として挙げました。3つ目の「決断」なんて、特技なのか?私は何をしゃべっているのか?と思いながらしどろもどろで話をしていました。
2026年03月23日(月)
No.772
(日記)
“ありのままの自分”を受け容れる
こんにちは、東京の㓛刀です。
「息子の大学受験、無事終了しました!」と言いたいところですが、なんとも落ち着かない日々を過ごしています。滑り止めの学校は合格できましたが、行きたいと思う学校は補欠で、まだ先が見えません。
受験する前、息子は「浪人はしたくない。滑り止めしか受からなかったらそこに行く」と言っていましたが、補欠がわかった途端、言うことが変わりました。
「もし繰り上がりが来なかったら浪人したい」
彼は必死の形相で私に訴えました。
私は「それって話が違うでしょう!」と咄嗟に声を張り上げました。しかし彼は続けます。
「みんな苦しくても勉強していたのに、自分は全力を尽くさなかった。そんな自分を今許してしまったらダメな人間になっちゃうよ。だからもう一度挑戦したい。なんでその気持ちを分かろうとしてくれないの! それって自分が心配したくないからじゃないの?」
彼の言う通り、再び肝を冷やしたくないのは事実です。入試の期間や結果待ちの時間、正直かなり疲弊しました。
しかし驚いたのは、「浪人するかもしれない」と言われて震え上がった自分の反応でした。試験前は「もし結果が思うようにならなければ1年くらいのモラトリウム、楽しく過ごせばいいじゃない」なんて、余裕のあることを言っていたのに……。それだけにこの突き上げてくる拒絶感は想定外でした。
2026年03月16日(月)
No.771
(日記)
「出番」を守る
こんにちは。東京の菅原です。
日ごろのちょっとした出来事から気づいたことを綴ります。
先日、母と甥のKくんと3人で食事をしました。大学生のKくんと会うのは珍しく、母も私も久しぶりの時間を楽しんでいました。
「Kくん、バイト今なにしてるの?」
私がそう尋ねると、Kくんが答えるより先に母が言いました。
「Kくん、今〇〇でバイトしてるのよね?」
思わず私は言いました。
「お母さんじゃなくて、Kくんに聞いてるんだけど」
とたんに母はむっとし、その後の食事はどこかぎこちない空気に包まれました。
帰り道、自分の言い方がきつかったと反省しつつも、心がざわついていました。
母に悪気はなかったはずです。知っていることを会話の流れで口にしただけなのだと思います。
それでも私は、Kくんの「出番」を母が奪ったことへの嫌悪感が消えませんでした。
同時に、Kくんと私の会話を邪魔されたという残念な気持ちもしました。
でも母を責める気にはなれませんでした。
なぜなら、少し前まで私自身も同じことをしていたからです。
2026年03月09日(月)
No.770
(日記)
我が家の手出し口出し事情
こんにちは。東京の小原です。
今回は『我が家の手出し口出し事情』について書いてみようと思います。
ハートフルコミュニケーションのセッションやワークショップに参加すると「子どもについ手出し口出ししてしまっていること」についてみんなで話をすることがあります。
親の手出し口出しが、子ども自身が考えて行動する経験を奪ってしまっていることに気づき、子どもに任せるということについて考えていくというものです。
子どもに任せることでどんないいことがあるのか、私自身、頭ではよく理解しているつもりです。また、任せたことで子どもができるようになっていたことはいくつもあり、実体験も伴っています。
ですが、どうしても私が任せにくいこと、何度か任せようとしてみたがうまくいかず結果的に手出し口出ししてしまっていることも結構あります。どんなものがあるか考えてみました。
2026年03月02日(月)
No.769
(日記)
最高の一日のスタート
大阪の安部です。
私は子どもと大はしゃぎして遊ぶのも生活のスパイスとして好きですが、基本、静かにのんりびり穏やかに過ごすのが好き。
今、私は朝ごはんをゆっくり穏やかに温かいうちに食べたいという願望があります。
現実は小学生の登校、幼稚園児の送迎準備、1歳児の食事、諸々の家事、兄弟喧嘩・・・バタバタしてしまいがちですが、どうにかしたいと作戦を練っているところです。
先日、朝食の時間に次男と三男が喧嘩をして、三男が私に泣きついてきました。その間、1歳の末娘がご飯を食べたいけどうまく食べれず、私に抱っこされている三男へのやきもちもあり、椅子の上に立ち、私に手を伸ばしてきました。私は三男と末娘を膝に座らせながら、末娘の口にご飯を運び、その隙間を見て、私はご飯を食べる。なんだかんだとしているとホカホカだったご飯も、子どもたちが私から離れてひとりで食べられる頃には冷めている状態。
それが私にとって日々、ちょっぴり我慢していることのひとつだったようで、同じようなパターンが続いた日に思わず「母ちゃんは、温かい朝ごはんをゆっくり穏やかに食べたい!」と子どもたちに話していました。私がちょっと我慢すればバタバタと通り過ぎる朝。そんな毎日を続けることで、穏やかな朝を過ごしたいと思っている私がイライラしていることに気がつきました。
2026年02月23日(月)
No.768
(日記)
答えの前に
大阪の中泉です。
みなさんの毎月の食材費って、大よそいくらくらいですか?
外食費や飲料は除いて、自炊の場合の食材費です。
というのも、今や16歳と12歳の息子たちが、まだ保育園に通っていた頃から、私はフルタイムで仕事をしていました。熱が出ると、自宅から50分の距離に住む母が保育園に迎えに行き、我が家で看病をしてくれる、そんな日々でした。
結局、残業が続く日などは、看病だけでなく夕食まで作って..
2026年02月16日(月)
No.767
(日記)
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