ハートフルコーチの泣き笑い日記

日々の発見やつぶやきなど。

我慢と選択


★★★ 第6回 オンライン・ホッとカフェのご案内 ★★★
 【日時】2021年5月8日(土)10〜12時
 【参加費】無料
 【方法】オンライン(ZOOMを使用します)
 【お申し込み】
こちらのフォームからどうぞ
日記を読んで聞きたくなったことや話したくなったことを菅原裕子や執筆コーチたちと気軽に語り合う、オンライン・ホッとカフェ。春カフェでは、 「筋肉痛」を取り上げます。
この日記を読んで思うところがあった方。仕事や子育てでの「筋肉痛」、ほぐしにいらっしゃいませんか?
※ 前回までの様子はこちらでお読みいただけます。
★★★★★★

千葉のなかみぞです。
読み聞かせってほっこりしますよね。我が家は小5の夏頃までやっていました。が、私が一番先に寝落ちしてしまい、「ママー、今日はちゃんと読んでね。」とサラウンドで(双子女子です)言われたことを懐かしく思います(恥)。

先日、約40圓離瀬ぅ┘奪箸棒功したゆりやんレトリバァさんのお話を目にしました。「食事制限はしんどかったけど、自分のために「選択」を続けた。それは「我慢」ではなくて「選択」。はじめは好きな人に振り向いてもらうためのダイエットだったけれど、いつしか、「痩せる」ことは「自分の健康のため」であり、「自分を大切すること」だと気付いた」とのこと。
「我慢」ではなくて「自分で選ぶ」という感覚。ゆりやんさんはきっと、長い時間をかけてご自分と対話を重ね、より深く自分と向き合われたのだと思います。
私はどうだろう。「自分で選ぶ」感覚を持って、自分を大切にしてきただろうか。
2021年04月12日(月) No.507 (日記)

ぬくもりを感じるひととき


息子の就活から思わぬ展開に!


結果よりも大事にしたいもの


愛することの正体、発見?!


親修行 第二弾


兵庫の羽木です。初めて書かせていただきます。どうぞよろしくおねがいします。

娘さんはきっとこれからも田中さんに見守られて、自分でいろんなことを決めながら成長していけるんでしょうね。素敵な母娘に心からエールを送ります。

初めての投稿は、それに比べてなんとも「ヘタレな親、私」の葛藤のお話です。
昨年の3月、息子が会社を辞めました。就職して2年。このコロナ禍が始まって間もなくのことです。「さて、どうしよう。気を付けなくては!私。」と、最初に思ったことはそれでした。自分が親として、平静を保ち、うるさく口出しせずに息子を信じて見守れるか、という自分の在り方への不安です。
というのは、私は過干渉で息子を潰しそうになったことがあるからです。その頃の私は子どもたちの全てを把握して管理しようとしていました。それが子どものためと一生懸命でした。当時の私なら、「このコロナ禍に会社辞めて大丈夫なの?!」と、すぐに息子を質問攻めにしていたかもしれません。思春期になって、思い切り反抗にあい、息子の状態に悩んでハートフルコミュニケーションを学びました。私が息子から離れることで、初めて息子が自分の将来を自分で考え始めました。そうしたら、自分のこれからのために今は勉強することが大切と考えたらしく、全く勉強をしなかった息子が驚くほど頑張り、充実した大学生活を送ることができました。子育てを学んでよかった。本当に感謝です。でも、当然、彼の人生はまだまだ続きます。
おかげで、息子は自立し、社会人となり、子育てもひと段落。私は親の介護や地域のことや自分の勉強で忙しくなり、頑張る息子を遠くから応援する母になっていた。はずなのですが、「会社を辞めた」と聞いた途端、心がざわついたのです。
「転職か。さあ来たぞ、次の修行」。同じ間違いを繰り返してはいけないと、妙な緊張が走りました。もう一人で暮らし、社会に出ている息子。今は転職も珍しくはない。何をそんなにと笑われそうですね。
2021年03月08日(月) No.502 (日記)

娘が決めたこと


続けて初投稿の田中です。
これからどうぞよろしくお願いいたします。

小林さんのお話、少しドキドキしながら読みました。
娘さんは、おもいもよらない状況に戸惑われたことでしょう。
ともに辿られた時間に胸が熱くなりました。
目標を持ってさらに進み出した娘さんと、それに寄り添う小林さんに、心からエールを送りたいです。

私は以前知的障がい者の通所施設で働いていました。
そこでは、多くの学習の機会を得ました。中でも、「ピープル・ファースト」を知れたことは、私にとって大きな学びでした。
「ピープル・ファースト」は、知的障がいをもつ人たちが、自分たちで自分たちのために発言する、自己権利擁護組織です。文字通り、第一に人間。障がい者であるまえに人間です、という意味です。
「自分のことは自分で決める」を合い言葉に、日本でもピープル・ファースト全国大会が開催されています。
1泊2日の日程で行われるのですが、全体会や交流会、多種多様な分科会に至るまで、知的障がいのある当事者が会議を重ねて決定し、運営しています。
私はそこで、生き生きと自分たちの思いを発信し、自信に満ちあふれた障がい当事者達の姿を目の当たりにしました。
そして親や支援しているはずの職員が、いかに当事者本人の選ぶ機会や決定する機会を奪っていたのかということに気づかされたのです。

通所施設に通う人はみな成人していました。けれど、親からの申し送りでは「お弁当を作れなかったので、昼にはおにぎりを買わせてほしい」「寒くなったらこれを着させてほしい」というようなことがありました。
なかには、食べるものが決まっていることで安心して過ごせる人や、体温調節が難しい人もいます。そういう人たちには当然必要な支援です。
だけど、親の心配をよそに、お昼ご飯を買いに行くとカップラーメンを選ぶし、寒くなったらストーブの前に立ちます。それぞれ十分に本人が心地の良い選択をしているのです。
言葉だけでのコミュニケーションでは通じにくい場合もあり、意思疎通の難しさを感じることもありましたが、彼ら彼女らは確実に自分で選び、決定していました。

あれから20年がたち、私は現在3人のこどもの母親になりました。真ん中の娘には知的障がいがあります。
2021年03月01日(月) No.501 (日記)

娘のひび割れ壺


千葉の小林です。初めて参加します。楽しみながら書きたいと思っています。よろしくお願いします!
山田さんの兄弟の違いを受け入れて親のサポートも変えていく姿勢に、私も二人の兄妹を育てている母として共感しました。

今回は、私と娘(高校1年第2子)について書きたいと思います。
娘は中高一貫の女子校に通っています。中学生になったときに歌劇部という宝塚歌劇団をモチーフにした部活に入りました。娘は思ったことをはっきりと伝える性格で、小学生の頃、お友達に「その服、あまり似合ってないね」と言ってしまい、そのお友達のお母さまから酷いことを言われましたとご指摘を頂く次第でした。
娘に「言われたら嫌なことは、人に言ってはいけないんだよ」と注意すると、「似合ってないって教えてもらえたら嬉しいと思うのだけど」と返ってきたので、言われたら嫌なことは言わないという定説みたいなものは、この子には通用しないんだ・・と途方に暮れました。どう伝えたらいいのか、答えはでませんでした。私はどう娘に伝えたらいいのかわからず、繊細なお友達は娘に近寄らずにいてほしいな・・と、正直なところ、あまり問題に向き合えませんでした。
2021年02月22日(月) No.500 (日記)

目には見えない気持ち・・・


彼の気づき


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