ハートフルコーチの泣き笑い日記

日々の発見やつぶやきなど。

経験は活かされる


東京の楠野です。
五十君さんのブログ、子どもの存在をどんな時でも全肯定し、"揺るぎない安心"をあたえられる存在になる!を読んだとき、凛とした誓いに爽やかな風が吹き抜けました。ただいつもそこにあって感謝されることもないけれど、鎧を外して素の自分になれる、子どもたちにとってそんな場所になりたいと改めて思いました。

日頃無口な高校3年生の次男は、この1年半クラス委員に集中し打ち込んできました。彼がクラス委員に立候補したきっかけは1年生の秋に起きたいじめ問題でした。

その問題を私が知ったのは、ダイニングテーブルに置かれたA3用紙の裏表にビッシリ文字が詰まったプリント。次男のクラス全員の作文でした。そこにはいじめは悪だと糾弾する文章が並んでいました。読み進めると、唯一いじめた側としての文章に目が止まりました。自分の行動を後悔しその時どうしたら良かったかを反省する内容。自分の言葉で綴られた本心からの言葉が胸に刺さり、「この子、勇気あるね」と言うと、長女が、それが次男の文章だと教えてくれました。
「今週は毎日放課後残されて、いろいろ聞かれてるらしいよ」。
衝撃が走りました。彼がいじめた側であることがにわかに信じられなかったから。

次男の話によると、その日クラスで一番仲の良い友達といつものように連んでいたとき、その友達が同じクラスの女子を傷つけるようなひと言を発し、隣にいた彼はそれを笑ってしまった。それが引き金になり周りに伝播し、クラスの男子と女子が対立。険悪な雰囲気が生まれ、共同で取り組むクラス行事もうまくいかなくなった。たまりかねた第三者の女子が発端となった事件を担任の先生に話し、いじめ問題として学校が動き出した。

口数少なく、自己主張するより周りに合わせる性格の彼がその場面で流されて笑った…性格が悪い方に出てしまったか…とはいえ、 先に読んだ作文で彼の今の気持ちは分かっていたので、かけるべき言葉が見つかりません。

実は私にも似たような経験がありました。軽い気持ちで発した言葉で友達を傷つけてしまい、これくらいで傷つく方がおかしいと、自分の非をすぐに認めることができなかったため、周りを巻き込んでやられたからやり返すの負の連鎖を生んでしまいました。
その状態に耐えかねて先生方が仲裁に入り、最後はことの発端まで遡り、私が謝罪することで表向きはおさまりました。しかし、一度悪化した関係を修復することは容易ではありませんでした。

今でも思い出すだけで気持ちがズンと重くなります。でも、自分の行動には重たい責任が伴うこと、失敗のリカバリーは容易ではないこと、一度失った信頼を回復するには並々ならぬ努力がいること、誠心誠意の行動が伴わなければ相手には伝わらない、など一生ものの学びを得る経験になりました。

だから、きっと次男もこの経験から学ぶに違いない。私はただ見守るだけ!
しかし、同時にふたつの感情が湧いていました。これから彼が学ぶことを私は知っている、だから大丈夫という冷静な感情と、あの辛らさを次男が経験する姿を見守る恐れと、見ずにすませたい逃亡の感情。

そのため「今は辛いと思うけどこの経験からしっかり学んだら、それでいいと思うよ」とサッと話を終わりにしようとすると…
横から姉兄が「ママ甘いよ! 本人に任せすぎ」と。「お前が変わらないとクラスでの存在価値は無くなるよ。猛省してクラスのために何が出来るかを考えな」。姉兄だからこその厳しい言葉が投げかけられました。
この時の一見厳しい言葉は実は弟への助け舟。藁にもすがりたい弟の心情を察し、具体的にすべきことのヒントを出したのでした。

人前に進んで出ることも、先頭切ってリーダーシップを発揮するのも苦手な次男が、クラス委員になることを選択したのは、「クラスのために何が出来るか」を考え辿り着いた答えでした。次男史上最大級の決断に、この時私は正直驚きました。

クラスを一つにまとめるのは容易ではありません。
2年生になって最初のクラス行事となった5月の体育祭では、大縄跳びの縄を回す手に血豆ができるまで放課後練習を重ねていました。秋の学園祭では演劇「ソロモンの偽証」でいじめ問題にクラスで正面から向き合い、誰もやりたがらなかったいじめっ子役に挑戦。その迫真の演技に、もうこれ以上自分を追い込まなくていいよと心の中で呟きながら、逃げずに見守るのが務めだと自分に言い聞かせ終演まで見届けました。
幾度も自分の経験と重ね合わせて次男の胸中を想像するたび、胸が張り裂けそうになりました。でも間違いない選択をちゃんとしてるから大丈夫と、何も言わずに心の中で応援し続けました。

彼なりにひとつ一つ積み上げていたクラス活動でしたが、年が明けて総仕上げとなるはずだった行事は体育祭も修学旅行も学園祭もコロナ禍の影響でことごとく中止になっていきました。

彼の心中を聴く機会到来と思い話題を振ると、「まぁしょうがないんじゃない。全世界的にそうなんだから」と案外あっさり受け入れている様子。笑顔も1年前の硬さはなく柔らかくて明るいし、視線も高く声も弾んでいる。彼にとってクラス行事は関係修復の手段だったのなら、もうその必要がなくなったのかもしれません。
残す最後の行事は卒業式。私にとっても次男の姿を見るたびうずく古傷ともお別れできると思うと嬉しい限り。

次男と私にとって、この一年半は長い道のりでした。でも、一生ものの学びを得ました。
彼にとっては自分の経験として、私にとっては新たに親の経験として。子どもに自分で考えさせることは大事だけれど時には助け舟も必要なこと。目を背けずに見守ることの辛さを経て、この一年半見守り切った親としての自分に、少し自信が持てた気がします。

それでは、桜井さんにタスキをお渡しします。

東京都/楠野裕子 




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