ハートフルコーチの泣き笑い日記

日々の発見やつぶやきなど。

放置と見守りの違い


東京の村井です。
石垣さんの「自分のことを自分で話す」の大切さ、私も病院での医者とのやり取りであったな、と思い出していました。

高校入学が決まってから、急に勉強のエンジンがかかった高1の長男に、突然、「お母さんは、勉強しろって言わないよね」と言われました。
「そうだね、勉強しろって言ったらやるの?」「いや、やらないね・・・」
そのあと「何でそんなこと思ったの?」と聞いてみましたが、いつものお決まりの「別に」の一言で終話。私は「いま、頑張っているんだね」と、一言添えました。
子どもが不登校になってから3年余り、息子の変化を見て、子どもを見守るということを意識してきた成果かなと思い、嬉しくなりました。

不登校になって、あれこれとなす術がなくなったとき、「先に動く」から「支援」に私の姿勢を更新をしていく必要を感じました。日々の積み重ねで、言葉にはうまく表現できませんが、子どもが私を信頼して安心した状態になってきたことも、「支援」の後押しをしていました。
成果は、息子が自ら動き出すようになったことです。

変化する前は、私が仕事のように、進捗管理・チェックする目線でした。
学校に通う、塾や習い事のやること、あれこれをリストアップして、チェック。学校で何度も呼び出しをされたときも、無断のゲーム課金をしたときも、話し合いと言いつつ、正論で子どもを追い込んでいました。
ゲーム課金を無断で何万円分もした時は、これは犯罪であり、こんなことをする人にはゲームを許可することはできない、と話しました。
「どんなことをしたのか分かってるの?」と聞いても、口を閉ざして一切謝罪の言葉もありませんでした。自分がやったことを理解できていないんだろうか?と考え、文章で書いてくれという私のリクエストに対し、息子は嫌々書いていました。

また、見守る、と一言で言っても、最初は「放置」と「見守る」の違いがわかりませんでした(今でも迷うことはあります)。そして、私はどちらかというと、放置しがちでした。放置しておきながら、「あれはどうする? これはどうする?」と先回り干渉していたように思います。そうすると、子どもは自分事として取り組まなくなる、という悪循環でした。

例えば夏休みの宿題。息子が宿題を一切やろうとせず日が過ぎていた時、先回りのスイッチが入りました。締切が提示されていても、子どもが自ら行動を起こさないときに先回りスイッチが入っていたように思います。
結果的に、カレンダーに宿題の予定を親主導で入れ込んでも本人の宿題への取り組みが長続きしない上に、「ねえ、どれをやるの?」と息子から私に聞いてくる始末。これでは全く自分事として取り組んでいないと感じました。

こうした悪循環から少しずつ抜け出せたのは、見守りつつ、何かやってほしいと言われたことは全力で支援するようになったからです。
息子が不登校の頃、「キックボクシングをやってみたい」と言い出しました。私は、無意識に段取りを考えてしまいました。でも、そうした私の頭の中のことは一切口に出さず、「どうする?」と声かけをしました。すると、だいぶ時間が経ってから、息子から「近所のジムが分からないから探してほしい」と言われ、それから私の方でジムを探し、体験申し込みをしました。

息子はキックボクシングをきっかけに体を鍛え、キックボクシングのコーチとの日々のコミュニケーションで挨拶も自然とできるようになり、また、海外にプロの試合を見に行きたいというほどになりました。今ではキックボクシングは、彼の生活の一部になっています。
私の考えるような段取りやスピードでなくても、「やりたいことは自分から言うことを待つ」ということが大事だと、心に焼き付けるいいきっかけになりました。

このように「待つ」スタンスに変わってから、私はイライラすることが激減しました。ゼロにはなりませんが、かなり減りました。
自分がどうにかしなければいけないこと、と思っていると、動かない息子に、すごくもどかしくなり、イライラしてきてしまいます。そんな時に、「それは誰のため、誰のこと?」と自問を続けることで、イライラから解放されてきました。

こういったことの積み重ねが、今に繋がっていると思います。
放置と見守りの違いも、私はこう考えるようになりました。
放置は無関心であること。見守りは関心を持つこと。またそれを言葉で示すことです。「〇〇やってるんだね」など現状の実況中継で十分ということもわかりました。

学校の先生から提出物の話が親宛に来ても、「提出物はどうなっている? 何か困ることがあったら教えてね」と軽い調子で(くれぐれも詰問調にしない)声掛けをする程度にしています。
内心はヒヤヒヤ、イライラもしますが、それを表に出してもいいことはないので、一旦「自分は今、ヒヤヒヤ・イライラしているんだな」と受け止めて、その気持ちをポイっと外に投げ捨てるイメージです。

子育ては一筋縄ではいかないですし、正解もない世界ですが、パーフェクトな親なんていないのですから、難しく考えないことを大事にしています。
子どもたちが自分の道を見つけ、自分の力で歩んでいけるように見守っていきたいと思います。

この辺で、次の平沢さんにバトンを渡したいと思います。

東京都/村井雅子 







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