ハートフルコーチの泣き笑い日記

日々の発見やつぶやきなど。

愛された記憶が育む“存在“への感謝


★★★ 第17回オンライン・ホッとカフェのご案内 ★★★

【日時】2024年1月27日(土)10時〜12時
【参加費】無料
【方法】オンライン(ZOOMを使用します)

2024年最初のカフェでとりあげる日記は、
「北風と太陽」です。
ネガティブな感情で自分がいっぱいになったときの経験とそこからの脱出を、丁寧に辿っています。

あなたも時に、不安や心配、怒りの感情で身動きとれなくなることはしませんか?
相手を責めたり、自分を責めたりするループに嵌まったことはありませんか。
冬カフェで日記の著者や参加者と気軽に語り合いながら、あなたに合った「自分の立て直し方」を見つけてみませんか。

 ▶お申し込みフォーム:https://ssl.form-mailer.jp/fms/d81b8e93806528
 ▶お問い合わせ: teamrelayblog@gmail.com
 ▶前回までの様子はこちらでお読みいただけます。

★★★

兵庫の渡海です。私は、今回、『私はここにいて良いんだ』という、人間が持つ原点の思い“存在“について綴ってみようと思います。
“この世に私は存在していて良いんだ“と思えることは、世界に自分は受け入れられていて、自分が自分らしくあるがまま生きることを許される感覚だと私は思います。その感覚は、どうやって育まれたかを考えた時、幼少期の温かい思い出が蘇ります。生まれ育った環境や、親との些細な日常や会話のなかで、存在することの喜びが育まれたと思えました。

実は私は、母に対し複雑な思いを持っています。
幼少期より「母の理想とする子供でなければ受け入れられない」「母の考えは絶対で私の思いは通じない」と、無意識に感じて育ちました。母は絶対的な存在であり、勉強も運動も出来て当たり前だと言われて育ちました。
今も、職種や大学、家柄などに優劣の考えを持つ母。私としては「それは差別だ、絶対に違うから」という心がチクチクするような言葉を聞くたび、今では怒りの感情よりも、悲しみを深く感じるようになりました。

でも、なんだかんだ言っても私は両親が大好きです。 帰省すれば、いつも父が育てた採れたての野菜で作った食べきれなれない程に用意された母の手作りのご馳走や、「おかえり」のあたたかい声に、私と子供達は両親に愛され受け入れられていると幸せな気持ちになります。

母に対し複雑な気持ちがあるのに、今、なぜ両親が大好きなのか。これは、私自身の子育ての躓きとそこから得た学びがあると思えます。思い通りにいかない子供たちとの日々のなかで出会った言葉にラインホールド・ニーバーの祈りの言葉があります。

『変えられるものを変える勇気を、変えられないものを受け入れる冷静さを、そして両者を識別する知恵を与えたまえ』

たとえ我が子であっても自分の理想を投映してはいけないと気付きました。
変えられるのは自分だけ。自分と子供は別人格であり土足で踏み入ってはいけない。そして、何よりも大切なことは、ありのままが尊いということ。持って生まれたもの、その子ならではの良いところもそうでないところもすべて尊い。
子どもに自分の理想を押し付け、子どもは自分の所有物か自分の一部のような感覚だった私にとって、この気付きはとてつもなく大きいものでした。この気付きにより、私は初めて自分が間違っていたことを認め、自分をも受け入れることができました。そして、自分を受け入れることで、子どもたちも受け入れられるようになりました。

とはいえ、思い通りにいかない子育ての毎日のなか、今でも自分の行動を反省したり凹む時がたくさんあります。でも、そんな駄目な私も否定するのではなく、それも私だと受け入れ、じゃあ次の行動をどうしようと考えられるようになりました。

この“自分を受け入れる“ができた時、子どもだけでなく、母の背景も改めて想像できるようになりました。きっと、私と同じように、母は母なりに一生懸命に子育てしていたんだと思えます。たとえ、もっと良いやり方があったとしても。
だから、今では、母の考えは母の考えであって、私は違う考えを持っていて良いと、はっきり区別できるようになりました。私とは違う思いのある母だけれど、それは母の気持ち。母の考えと、母の私に対する思いは別。私が愛されていないわけでも、受け入れられていないわけでもない。そう思えるのは、両親の原点の感情が、絶対的に私を愛していて、私という存在自体が大切だと思われている、と知っているから。幼い頃から巣立つまでの家族の時間の中で、私の心の奥深くまで愛を染み込ませて貰えたからだと思います。

幼少期の冬の寒い日、3姉妹の2人の妹が寝静まった後、母はよく、冷たい布団の中で私の足を母の足で挟んで温めてくれました。

その時、母の足の温もりに母を独り占めしているような幸福感と、母は「自分が冷たさを感じることなんてなんともない、子どもの私が心地よく暖かくなることの他は何も大切なことはない」というそぶりで、ごく自然に冷たい布団に寄り添って足を温めてくれました。この時、私は本当に満ち足りていて、とろけるような幸せの中、眠りに落ちました。

また、小学低学年の頃、父の本棚で『窓際のトットちゃん』(黒柳徹子 著)を見つけ、表紙絵が可愛くて、読みたいけれど、漢字が難しく読めないと父に言った時から、毎日一章ずつ読んでくれた、父との思い出。
一番下の妹が生まれた頃で、父は私1人に読み聞かせをしてくれました。絵本なんか読んでくれる様な父ではなく、いつも忙しい父が「私1人のために読んでくれている」「お父さんの時間を私のためだけにに使ってくれている」と嬉しくて、妹たちには内緒の父との2人きりの時間が、私にとってふわふわとした夢の様な父との大切な時間でした。

そして、両親や祖母にとって、私という『存在』が何より大切だと思われているんだと感じた、ある出来事があります。
20歳の春、運転免許を取り、初めて1人でドライブに出かけた時、対物事故を起こします。暗がりの交差点で、右折と直進の車同士の事故。奇跡的にお互い怪我なくすみましたが、私の車はその場から全く動かないくらいに大破しました。
私の前方不注意の上、大破した車は買ったばかりの父の物でした。私の不注意と借りていた車を壊したことを、めちゃくちゃ怒られる、と恐々帰宅しました。でも、両親と祖母から掛けられた言葉は「あなたが無事で良かった」の一言だけでした。この時、改めて、私という『存在』が一番大切で、私は愛されているんだと感じました。

私が、両親を大切に思う気持ちと両親への感謝は、両親から貰った愛された記憶に繋がっています。相手を無条件に大切に思う気持ち、それは『存在』を尊いと思う原点の感情だと思います。鏡のように、その気持ちは相手にうつり、繋がり、あたたかい空間を作っていくんだと思えます。

私が両親から貰った、愛された記憶は自分や他者の存在への感謝となり、今、私の頑張ろうという気持ちや、踏ん張る力、より良い自分になりたいという“私“を作っています。
次は、自分の子どもたちに繋ぐ番。愛された記憶として、あなたの『存在』が大切だと、心に染み込ませてあげたいと思います。それは、きっと大袈裟なことではなく、些細な日常で作れること。無条件の愛情の元にある、美味しいご飯や、あたたかい会話、居心地のいい環境で、伝わるのだと思えました。

では、この辺で、落合さんに、バトンを繋ぎたいと思います。

兵庫県/渡海恵子  








2023年12月18日(月) No.651 (日記)

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