ハートフルコーチの泣き笑い日記

日々の発見やつぶやきなど。

ゴウに入ってはゴウに従え


ありたい自分と、そうではない自分。私の中にも混在していて、そうではない自分と向き合えず、ありたい自分がそうではない自分を「オマエは私じゃない」と責めたりする。そんなことが私にはあります。
でも、そんな認めたくない自分とも向き合い、そんな私の言い分も聞くことで、私は私に受け入れられている安心感を持って「これが私」と言えるのだな、と瀧澤さんの日記を読んで思いました。

インドネシアの鈴木です。
慌ただしくも、友だち、実家の両親、家族の愛情いっぱいの濃密な年末年始を過ごし、千葉からジャカルタへ引っ越しました。
インドネシアには、「一度インドネシアの水を飲んだものは、インドネシアに帰ってくる」ということわざがありますが、まさか本当に帰ってくるとは。
父が若い頃、材木の仕事で度々訪れていた国、そのため私はインドネシアの調度品に囲まれて育ち、父のインドネシアの友人家族は親戚のよう、更には息子が生まれた国、ということでインドネシアには特別な縁を感じます。

さて、2回目のインドネシア生活ということで日本の日常と変わらぬ感覚でやってきましたが、移動の不自由さ、大気汚染、交通渋滞、飲めない水道水、異なる食生活や文化、言語の違い、蚊や蟻との闘い、メンテナンスの悪い家などなど、引っ越し疲れも相まってイライラの渦の中。
これはいけないと、ちょっぴり立ち止まってみたら、あらら、今私が目の前にしている異なる環境との向き合い方は、自分との向き合い方、他者との向き合い方、子どもとの向き合い方と笑ってしまうくらいに同じ。
思い通りにならない自分や相手に対して腹を立てたり、イライラするだけで、「なぜ?」の部分を知ろうとしない、解き明かさないままに自分のやり方を通そうとするから上手くいかない。互いにストレスが溜まる。
一方、相手の「なぜ?」知ることで、自分も相手もハッピーでストレスフリーなやり方が見えてくる。

例えば、我が家のキッチン。広いのは良いけれど、慣れない造りに動線がわからず行ったり来たり。メインキッチン(加えて、同じ広さのお手伝いさん用のキッチンもあり)にはI型のキャビネットが3列、並行していて、流しと、下ごしらえをする調理台と、コンロが各キャビネットに別々に設置されている。そのため、洗った野菜を持って、調理台へ移動。そこで下ごしらえをしたら次はコンロへ。でも、コンロで料理をしながら、あれも必要!となれば、また流しからスタートしなければならない。

引っ越しの荷ほどき、息子の学校の準備と目の前のことに追われ、ただただ身体を動かすだけで、思考も身体感覚も希薄になっていた私は、無駄に時間のかかる夕食準備と朝のお弁当作りに、イライラマックス。
でも、ふぅ、と一息ついて考えてみれば、これはお手伝いさんが下ごしらえや料理をすることが一般的なインドネシア人家庭では、お手伝いさんと家の主人がバッティングしないための工夫。私も一人二役で、隙間時間を使って事前に下ごしらえをしておけばいい。その方が夕方の忙しいときに「お腹空いた〜!」の声を聞きながら大急ぎであれもこれもしなくて済むし、結果的に手際良く料理ができそうだ。

その他、硬くて息子が小さい時にはヒヤヒヤしていた石造りの床も、食べこぼしに気づかなければ教えてくれるのはアリの行列というインドネシアで、雑巾で拭けばすぐに綺麗になるし、常夏の空気でほてった身体を足の裏からじんわり冷やしてくれる。

「Masuk ke kendang kambing, mengembik. Masuk ke kendang kerbau menguak.
(ヤギ小屋に入ればメェーと鳴き、水牛小屋に入ればモーと鳴く)」とは、
インドネシア語版、「郷に入っては郷に従え」。人類共通の知恵ですね。

こんなふうに私にとって、異文化やその国の環境に合わせて自分のやり方を変えることはそれほど苦ではない。むしろ新たな発見で世界が広がる楽しさ、その世界に足を踏み入れることができた嬉しさがある。
なのに、なぜ自分や子ども、家族を含めた人間に関しては、自分の想いとは違うもの、自分の想い通りにならないものに対して、自分のやり方を変えずにグイグイ行こうとするのか。
異文化のようにスケールが大きすぎて、自分の力では太刀打ちできないものに対しては、自分の方がやり方を変えるしかないことが分かっているけれど、自分や近しい人たちに対しては押せばなんとかなるとでも思っているのかもしれない。

その様子を俯瞰してみると、滑稽で笑ってしまう。
相手はその人としての固有の価値を持ち、その環境に適応した存在なのに、それをどうにかしたいと思っているなんて。ジャカルタの我が家のキッチンに、「なんであんたはこんな作りをしているの!」と文句を言っているようなもので、それではあまりにも私が無知というもの。違いについてなぜ?と思いをはせる想像力に欠けている。そして、その「なぜ?」を知るには生活様式や考え方の違いを知っていることが役に立つ。

人でもモノでも文化でも、「あら?」と思ったら立ち止まり、「なぜ?」の部分を解き明かし、それにまつわる相手の価値を知り、それを最大限に生かすように私のやり方を変えることで、私も相手もハッピーになれる。
その謎解きにはやっぱり知識も必要。そんなことを学んだジャカルタ生活1週目でした。

それではこの辺りで、石垣さんにバトンをお渡しします。

インドネシア/鈴木真理恵  



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2024年01月22日(月) No.655 (日記)

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