ハートフルコーチの泣き笑い日記

日々の発見やつぶやきなど。

どんなときもマザー・テレサ


心の拠り所


広島の大下です。
桜井さんの新たなチャレンジ、楽しみですね!応援しています。
さて、先日ある小冊子を読んでいると、コラムにこんなことが書いてありました。
――――――――――――――――――――――
小さな子が、自分の大切にしている物を肌身離さず持ち歩いていることがあります。
それは、ぬいぐるみだったり、毛布だったり。
たとえそれがすり切れてボロボロになっても、その子は大事そうに、ずっと持っています。
なぜなら、子どもが大切に持ち歩いている物は【子どもの心の拠り所】だから。
(参考:フリースクール主催者の古山明男さんのコラムより)
――――――――――――――――――――――
ありますね〜、そんなこと!
まだ経験の少ない子どもにとっては、周りで日々起こっている出来事や大人の行動などに、圧倒されてしまうこともあるでしょう。けれども、いつも変わらず自分のそばにいてくれる何かを「心の拠り所」にすることで、子どもは安心できるのでしょうね。

そういえばわが家の7歳娘も、寝るときにはいつも、ひつじの抱き枕と一緒です。ひつじがベッドにいないときは、「ひつじちゃーん」と声をかけながら探し回り、見つかると一安心。嬉しそうに右手でひつじを抱っこして、左手で私と手をつなぐと、安心しきった顔ですぐに寝息を立てて眠りにつきます。学校で一日がんばった疲れや緊張が、ほぐれるのかもしれません。

私自身も、思い当たることがあります。
2021年06月14日(月) No.516 (日記)

人生の第2章のはじまり!?


子どもと同化する


私の選択肢


親と対話すること


兵庫の羽木です。
田中さんのお話を読んで、母が認知症になった頃のことを思い出しました。
「今」を生きる親。私も母への寄り添い方を考えなおしてみたくなりました。
今回は田中さんに続いて、私も父のことについて書いてみたいと思います。

父は93歳。厳格でまじめな、家事など一切しない一昔前のお父さん。仕事でいつも忙しそうで、私は子どもの頃から父の体が心配で、父を労い、敬い、大切に思う気持ちがありました。それは、今でも残っている感覚です。
5年前、母が脳梗塞で倒れました。母は半身不随となり、認知症が急速に進んで施設に入りました。父の生活も、隣に住む妹一家の生活も一変しました。父は3か月で10キロ痩せ、昼夜逆転。母の訪問も目的ではありましたが、私は父のことが気がかりで、毎月新幹線に乗って帰省するようになりました。その頃から急に父の老いを感じるようになりました。それでも、まだ、この頃は自分のことは自分でできていたのです。歩く、食べる、トイレに行く、お風呂に入るなどの、超基本的な自分でやりたい自分のこと。
ところが、昨年末、転倒したのがきっかけで、父の介護度が急に上がりました。人に頼らず、何でも自分でやりたい父にとって受け入れられない事態になりました。
2021年05月17日(月) No.512 (日記)

父のこと


困った母ちゃん脱却


目を離さず、心を離さず


記憶からのエール


[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11] [12] [13] [14] [15] [16][17] [18] [19] [20] [21] [22] [23] [24] [25] [26] [27] [28] [29] [30] [31] [32] [33] [34] [35] [36] [37] [38] [39] [40] [41] [42] [43] [44] [45] [46] [47] [48] [49] [50] [51] [52] [53] [54] [55] [56] [57] [58] [59] [60] [61] [62] [63] [64] [65] [66]