どんなときもマザー・テレサ
千葉のなかみぞです。
このコロナ禍だからこそ、「心の拠り所」となる物や人の存在がより鮮明になったような気がします。「大きな愛で包んであげたい〜♪」とメガビッグな大下さんが腕をいっぱいに広げている姿を想像しちゃいました。
先日、Y子の眼科健診が終わり外に出たところ、駐輪場で親子を見かけました。
「泣いて大きな声を出さないでって言ったでしょ!」と怒る母親と泣き止まない3歳くらいの男の子。この場面だけを切り取ると、とても厳しい母親に見えますが、週末に朝早くから幼児を連れ出すのは骨の折れることです。お母さん、頑張ってるな、と応援したい気持ちと、その剣幕たるや凄まじく、幼い男の子に助け船を出したい気持ちにもなりました。
けれど、どう話かけて良いやら。自転車を出すまでの数秒で答えは出ず、「お母さん、朝早くからお疲れさま。あまり頑張りすぎないで。」と心の中でつぶやくことしかできませんでした。
2021年06月21日(月)
No.517
(日記)
心の拠り所
広島の大下です。
桜井さんの新たなチャレンジ、楽しみですね!応援しています。
さて、先日ある小冊子を読んでいると、コラムにこんなことが書いてありました。
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小さな子が、自分の大切にしている物を肌身離さず持ち歩いていることがあります。
それは、ぬいぐるみだったり、毛布だったり。
たとえそれがすり切れてボロボロになっても、その子は大事そうに、ずっと持っています。
なぜなら、子どもが大切に持ち歩いている物は【子どもの心の拠り所】だから。
(参考:フリースクール主催者の古山明男さんのコラムより)
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ありますね〜、そんなこと!
まだ経験の少ない子どもにとっては、周りで日々起こっている出来事や大人の行動などに、圧倒されてしまうこともあるでしょう。けれども、いつも変わらず自分のそばにいてくれる何かを「心の拠り所」にすることで、子どもは安心できるのでしょうね。
そういえばわが家の7歳娘も、寝るときにはいつも、ひつじの抱き枕と一緒です。ひつじがベッドにいないときは、「ひつじちゃーん」と声をかけながら探し回り、見つかると一安心。嬉しそうに右手でひつじを抱っこして、左手で私と手をつなぐと、安心しきった顔ですぐに寝息を立てて眠りにつきます。学校で一日がんばった疲れや緊張が、ほぐれるのかもしれません。
私自身も、思い当たることがあります。
2021年06月14日(月)
No.516
(日記)
人生の第2章のはじまり!?
大阪の桜井です。
秋岡さんと息子さんの中学入試にまつわる数日間のお話、ドキドキしながら読みました。
大ピンチだと感じた時や嬉しさ最高潮の時など、子どもと同化した時の思い出がよみがえりました。同化しつつも息子さんの意思をしっかりと尊重されていて、お二人の絆がより深まっていることを感じました。
さて我が家は、大学4年生の長男が、今まで遠いながらも、自宅から大学に通っていたのですが、4月から念願の一人暮らしを始めました。高校2年生の次男も寮生活をおくっているので、うちに残ったのは、残業が比較的多い夫、リモート大学生2年目に入った長女、現在のパート6年目に入ってやや余裕ありの私、の3人になりました。
自然と私の家事をする時間も減ってきました。また、コロナ禍であまり出掛けられないこともあって、自分のことを考える時間が増えました。
2021年06月07日(月)
No.515
(日記)
子どもと同化する
神奈川の秋岡です。
山本さんの記事を読んで、私も実はどこかで自分の「正しさ」にこだわっているところがあるのかもしれないとドキッとし、少し考えさせられました。
そんなドキドキを持ちつつ、今回は一生忘れられない出来事となった、約4か月前にあった息子の中学受験本番について書いてみます。
東京・神奈川では2月1日から中学受験の試験が一斉に始まります。前日の夜、当の息子はぐっすり寝ていた一方、落ち着いていると自分では思っていた私は全く寝られず、夜中に5回ほど目を覚まし、朝も鳴る前の目覚まし時計のボタンを押す始末。翌日も翌々日も、深い眠りとは程遠い夜をそれから3日過ごしました。
2021年05月31日(月)
No.514
(日記)
私の選択肢
群馬県の山本です。
羽木さんのお話、耳が痛くなりました。私は親と「対話」はもちろん、会話もあまりしてないな…と反省しつつ、まだもう少し先になりそうです。その時まで「対話」のことを心にとめて温めておきたいと思います。
さて、私は昔のことを思い出していました。
長男が小さい頃、子育てのやり方に迷いながらも、正しい答えは一つしかないと思っていた頃のことです。私は厳しい母親でした。
ずっと後悔していることがあります。ハートフルに出会う前のことです。
今から13年前、息子が小学校に入学した頃のことです。息子は身体も大きいほうでしたし、しっかりものでしたから、あまり心配もしていませんでした。
それが入学して2週間ほどたった頃、急に「今日は休む…」と言いました。おなかが痛いとも言ったかもしれません。
でも、明らかに仮病だと確信した私は瞬間的に、学校へ行かせることを考えました。行ってさえしまえば、大丈夫と思っていました。それに、仮病で休ませることは、その時の私の選択肢にはありませんでした。
2021年05月24日(月)
No.513
(日記)
親と対話すること
兵庫の羽木です。
田中さんのお話を読んで、母が認知症になった頃のことを思い出しました。
「今」を生きる親。私も母への寄り添い方を考えなおしてみたくなりました。
今回は田中さんに続いて、私も父のことについて書いてみたいと思います。
父は93歳。厳格でまじめな、家事など一切しない一昔前のお父さん。仕事でいつも忙しそうで、私は子どもの頃から父の体が心配で、父を労い、敬い、大切に思う気持ちがありました。それは、今でも残っている感覚です。
5年前、母が脳梗塞で倒れました。母は半身不随となり、認知症が急速に進んで施設に入りました。父の生活も、隣に住む妹一家の生活も一変しました。父は3か月で10キロ痩せ、昼夜逆転。母の訪問も目的ではありましたが、私は父のことが気がかりで、毎月新幹線に乗って帰省するようになりました。その頃から急に父の老いを感じるようになりました。それでも、まだ、この頃は自分のことは自分でできていたのです。歩く、食べる、トイレに行く、お風呂に入るなどの、超基本的な自分でやりたい自分のこと。
ところが、昨年末、転倒したのがきっかけで、父の介護度が急に上がりました。人に頼らず、何でも自分でやりたい父にとって受け入れられない事態になりました。
2021年05月17日(月)
No.512
(日記)
父のこと
大阪の田中です。
我が家の長男は現在中三。部屋はぐちゃぐちゃ、学校からのプリント類を見せたためしなし。進学を前に、「困った母ちゃん」の出現率の多い自分にハッとさせられました。
お弁当をもって颯爽と出発する息子さん、それをドンと構えて見守る小林さんの様子を想像し、信じる力をもらいました。
さて今回は、私の父のことについて書きたいと思います。
父が認知症かもしれないと告知されたのは、四年前のことでした。
父は糖尿病で、血糖値が安定せず入院していました。そこで異変を感じた主治医から告げられたのです。
一人暮らしの父は、自分で入院準備をし、手続きをし、子供らに迷惑をかけまいと、入院していることを伝えるのをためらっていました。ここまでできるのに認知症???ショックというよりも、頭の中にハテナがいっぱい浮かび、信じられないという気持ちでした。
2021年05月10日(月)
No.511
(日記)
困った母ちゃん脱却
千葉の小林です。
山田さんの「子育て四訓」。ハートフルコミュニケーションでいう「ヘルプとサポート」と似ているように感じました。お子さんの年齢が離れていらっしゃるなかで、それぞれの成長にあわせてサポートしていらっしゃる山田さんにエールを送ります。
そして、山田さんの日記をきっかけに、最近の私を振り返りました。
今回は、もうすぐ19歳になる息子について書きたいと思います。
私がハートフルコミュニケーションに出会ったのは、11年前。息子が小学校1年生のときです。そのときからなるべく余計な手助けはしないように心がけてきましたが、今年の大学受験で改めて「どこまでが余計な手助けなのか」について考える出来事がありました。なんと共通テストの受験票を前日に紛失してしまったのです。
2021年05月03日(月)
No.510
(日記)
目を離さず、心を離さず
東京のやまだです。
本藤さんのアメリカ留学で得た経験が自信という財産になったお話、とても共感しました。
私もかつて1ヶ月ほどでしたが単身イギリスへ。初めて見るビックベンに心を奪われた記憶と共に若き日のアドベンチャーが懐かしく思い出されました。
さて、我が家の2人の息子は6歳差兄弟です。3月、4月は卒・入学が続き長男は中学生に、次男が小学生になりました。特に4月に入ってからの数週間は2日連続の入学式に始まり、それぞれの書類書きや持ち物の確認、保護者会、部屋の環境整備など、思っていた以上に親の私の方が気忙しい日々でした。ようやく新たな生活リズムに少しずつペースを掴みはじめてきた感じです。
2021年04月26日(月)
No.509
(日記)
記憶からのエール
東京の本藤です。
中溝さんの「自分で選ぶ」感覚についての話、深く頷きながら読ませていただきました。ご自身の気持ちと行動を客観的に振り返って気付くこと、それが熟成の過程なのですよね。私も見習いたいです。
さて、コロナ禍でのテレワークが始まって1年以上が経ちました。淡々と進められるオンライン会議での唯一の楽しみはアイスブレイクで話すミニトークだったりします。先日のお題「あなたの好きな場所は?」が私の中でヒットし、「コロナが明けたら、どこに行きたいかな…」と一人で考え始めました。
何か行動を起こしたい!と思っても、現実的には難しいこのご時世、でも、考えることだけは自由です。ふと気づくと、心に奥にある思い出がたくさん溢れ出てきました。それは、最初のアメリカ留学での記憶で、もう30年も前のことです。
2021年04月19日(月)
No.508
(日記)
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