あるがまま、私らしくとは?
奈良の清瀬美帆です。
藤岡さんのハートフルキャラバンでの進行役、私はその場にいましたが、藤岡さんがチャレンジしている姿は勇気を与えてくださり、私も何かに取り組んでみようと思いました。
ハートフルコミュニケーションで子どもを「あるがままを愛しましましょう」と学びました。
子どものあるがままとは? それを愛するとは?
ずっと問いをたててきました。
答えを知りたくて、本を読んだり、色々な講座を受けたりしました。
知識を得て、現実とすり合わせ確認作業をすることで、なんとなく、そっかーと気づきと納得感を得ることができました。けれど、あるがままを愛することができるようになるわけではありませんでした。
ある学びで、「今、私は心の声に従う」というフレーズを教えてもらいました。
今までは、どうしたらいいんだろうと、意識は外に向いて、答えを探していました。
このフレーズで、私は自分の中を意識して、自分の心や身体に聴きにいきました。
なかなか答えは出てきませんでした。
それは、自分ではなく、他人の顔色や感情、意見ばかりを意識して動いていたので、自分のことがわからなくなっていたということに気づきました。そして、心の声に従っていいんだと解釈しました。
そしたら、背中に張り付いていた重たいものが消えてなくなり、身体か軽くなりました。
2026年06月08日(月)
No.784
(日記)
人の力を育む声かけや関わり方
愛知の藤岡です。
和木さんの「変化した私のストーリー」を読んで、自分の感情や行動を選ぶことは、自分の生き方を選ぶことに繋がっていくんだなと感じました。
言葉にして見て、感情や行動を選ぶというのを、私もやってみようと思います。
さて、先日、ハートフルキャラバンで進行役を担当する機会がありました。
その体験を通して、人はまわりの関わりによって力を引き出されることがあると実感しました。
今回は、そのとき感じた「人の力を育む関わり方」について書いてみます。
その企画は、参加者50人程度の規模でした。
正直なところ、人前で話すことに苦手意識があり、この人数の前に立つことを想像すると緊張してしまいます。
以前、日記でも触れたことがあるのですが、若い頃から声にコンプレックスがあり、(なんだかうまく伝わらない…)という気がして、なるべく避けて過ごしてきました。
そんな私が、なぜ進行役をしたのかというと、信頼している先輩が「やってみない?」と声をかけてくれたのが大きいです。
自信は全くありませんでしたが、私に任せると言ってくれるなら、役に立てるなら、という気持ちでした。
準備の段階では、リーダーのもと、概要やスケジュール、内容などを情報共有しながら、分担して進めました。「何かあれば聞いてね」という安心できる雰囲気がありました。
本番に向けて、自分なりに少し発声や滑舌の練習をしました。
2026年06月01日(月)
No.783
(日記)
変化した私のストーリー
広島の和木です。
子育てを「楽しみたい」「楽しんでいる」。
昔の私と、今の私の変化を表す言葉です。ハートフルコミュニケーションで学び始め、子育ての軸を持ち、行動を選べるようになったことで、本当の意味で子育てを楽しめるようになったと感じています。改めて、子育ては山あり谷ありですが、そのどちらにも幸せを感じることで私の人生は豊かになると思い、振り返りを日記に残そうと思います。
私は、独身時代..
2026年05月25日(月)
No.782
(日記)
巣立った後、どうする?
こんにちは、東京の㓛刀です。
2年間参加させていただいた「泣き笑い日記」も、今回が最後となりました。
前回の日記では、息子の大学受験の結果が冷や汗ものだと書きましたが、その後、おかげさまで本人が希望していた大学から合格の知らせをいただきました。
そこからはジェットコースターのような勢いで入学式を迎え、あっという間に新学期へ突入しました。息子が希望通りの大学に通えることになり、私自身、心から安堵しましたし、本当に嬉しく思いました。けれど、不思議なことに、そうした前向きな感情とは別に、胸の奥がずっと落ち着かず、妙なざわめきが渦巻いていました。
2026年05月18日(月)
No.781
(日記)
自分の足で人生を歩む
こんにちは。東京の菅原です。
学生時代にしてみたかった海外でのホームステイを、まさか大人になってから経験することになるとは思ってもいませんでした。人生は本当に何があるか分かりません。
今回、勤務先の急な仕事で海外の郊外に滞在することになり、現地の家庭にお世話になることになりました。人生初のホームステイ体験です。
異文化の中での生活は新鮮で刺激的でしたが、それ以上に大きかったのは、自分自身と向き合う時間を持てたことでした。
「休日は何をしたい?」「何が食べたい?」そう聞かれるたびに、私は言葉に詰まりました。
自分が何をしたいのか、何が食べたいのか、すぐに答えられません。
2026年05月11日(月)
No.780
(日記)
未知からくる不安
★★★第26回「泣き笑い日記 オンライン・ホッとカフェ」のご案内★★★
【日時】2026年5月16日(土)午前10時〜12時
【参加費】無料
【方法】オンライン(ZOOMを使用します)
【お申込み】https://ssl.form-mailer.jp/fms/23a67c67880276
GW,子どもとの時間が増えるとともに、ちょっとしたストレスが増えていたりはしませんか。
今回のオンライン・カフェで取り上げる日記は、ダダを捏ねる子どもを前に途方に暮れた経験を綴った、「子どもは常にベストを尽くしている」です。
読んで感じたことや聞きたくなったことをおしゃべりするうちに、あなたの気持ちも楽になっているかもしれません。
どうぞお気軽にご参加ください。
※ これまでのカフェの様子は、こちらでお読みいただけます。
★★★
こんにちは。東京の小原です。
安部さんの『事実』と『意見』の区別。私もよく混同して感情が揺さぶられることがあるので、日常の中で落ち着いてふり返れる場をもつようにしていきたいなと思いました。
さて今日は、少し前にあった中学生の息子との出来事について書いてみようと思います。
息子は小学生の頃から、何かにはまっては興味がなくなるということを繰り返してきました。
これまではまったものは、カードゲーム、手品(トランプ)、ルービックキューブ、シャープペンシル、バスケットボール、オンラインゲーム・・・などなど。共通しているのは、必ずモノ(道具やアイテム)があり、それを使うだけでなく一定数集めたい、という欲求があることです。よって、彼に渡していたお小遣い、クリスマスや誕生日のプレゼント、お年玉などはその時にはまっていたモノにほぼすべて消えていき、はまるモノが変わると「なんで俺はあんなものにお金を使ってしまったんだ・・・」と落胆しながらまた次のモノにはまるという状態でした。
親としては家庭で定めたルールの範囲で渡しているお金なので、彼の自由に使ってもらうことで構わないと思っていましたが、私は心のどこかで「あ〜また違うものに使って。よく考えて買わないから、どうせ無駄になっちゃうんだろうな⋯」と思っていました。
そんな息子が昨年からはまり出したのが『エアガン』です。お友達が持っているエアガンの画像を見て「かっこいい!」と思ったのがきっかけだそうで、そこからスマホを使って情報をどんどん収集し(こういう時の集中力の高さには本当に脱帽です⋯)、すっかり魅了されていったようです。
私は息子から「最近、エアガンにはまっていて、お小遣いをためたらいずれ買いたいと思っている」という話を聞いたとき、咄嗟に「え〜・・・」という反応をしてしまいました。
その言葉の裏にあったのは、前述のような「どうせ一時的にはまって、また飽きるんでしょ?」という思いだけでなく、そもそも武器に興味を持つのは物騒ではないか、中には危ないもの・法律に触れるようなものがあるのではないか、興味がエスカレートしていずれ危険な世界に足を踏み入れてしまうのではないか⋯等のありとあらゆる『不安』でした。
2026年05月04日(月)
No.778
(日記)
事実と意見と私のフィルター
大阪の安部です。
中泉さんの日記にある「普通」という言葉。私も私の中にある普通という価値観をまず知ることから始めてみようと思います。
子育てをしていると、しばしばまわりの人からのアドバイスや励ましの言葉を頂くことがあります。
子どもを連れて買い物をすれば、「かわいいわね〜。大変だろうけど、頑張ってね」「今が一番いい時よ。大切にしてね」と声をかけてもらい、その言葉にとてもパワーが湧いてきたり、心救われるときもあります。有難いです。
ある日、子どもたちが私の実家へお泊りしにいくために向かっていたときのこと。次男が三男にすごく怒っていたので話を聞いてみようと側にいきました。
この時点で、私の心は少しざわついています。
次男が怒っているとき、私は苦手だという意識があります。
芯が強く、意見をはっきりと言えるタイプの次男は、怒るとさらに言葉も強くなり挑発的に出てきます。
彼の話を聴くというより、彼の感情を落ち着かせたいと思っていたのが、私の表情や言葉に出てしまっていたようです。彼はより興奮して、最終的には「俺を泣かすな〜!!」と私は敵になってしまいました。
私は聴くつもりだったのに、上手く聴けなかったことの情けなさを感じていました。そう思う自分もいるのに、私はあなたの話を聴こうと思って側に来た。睨まれたりするなんて悲しい、私は何も悪いことしてない! とイライラも感じていました。
そのまま実家へ到着。
母は私の様子と次男の様子を見て、「次男は甘えたくても上手く甘えられないんやから、もうちょっと考えてあげなさい。他の子は上手にあなたに甘えているけど、次男だけこの間もそうやった」と私に声をかけてきたのです。
私は思わずその言葉に「そんなの分かってる!」と大きく反応してしまいました。
2026年04月27日(月)
No.777
(日記)
「普通」からの解放
大阪の中泉です。
私はずっと人とちがうことを選ぶのは、いけないことだと思っていました。
まわりと同じでいることが正解だし、はみ出さないことが正解。
いわゆる「普通」に当てはまることが、正しいことだと信じていたのはつい数年前までの私です。
だからこそ、どこかで私の思う「普通」という、授業中は静かに座り、まわりに合わせることを心がけ、ちゃんとできる子でいる、という極めて主観的な自分の価値観を我が子に押し付けようとしていたのだと思います。
普通とはみんなと同じようにすること。みんなと同じようにできること。それがこの子のためだと、疑いもせずに。
長男が小学生の頃、参観日ではみんなと同じように手を挙げる我が子に笑顔を送ったし、音楽発表会もどこにいるのか探すのが大変なほどみんなに混ざって歌う姿に安堵した。学期末懇談会は毎回、特に問題はないことを確認するための担任との会話。
私の思う素晴らしき「普通」。普通にすくすくと育っている長男をみて「子育てって楽しい!」と思っていたし、「私の子育て、うまくいっている」と思っていました。
ところが、長男誕生から4年後、個性の塊のような次男がこの世に登場します。
2026年04月20日(月)
No.776
(日記)
子育ての来し方・行く末
★★★第26回「泣き笑い日記 オンライン・ホッとカフェ」のご案内★★★
【日時】2026年5月16日(土)午前10時〜12時
【参加費】無料
【方法】オンライン(ZOOMを使用します)
【お申込み】https://ssl.form-mailer.jp/fms/23a67c67880276
季節ごとに開催するホットカフェは、日記を読んだ後の「もうちょっと聞きたい」、「もっと知りたい」を叶え、ざっくばらんに語り合い、お互いの経験や知恵を分かち合う場です。
この春、取り上げる日記は、和木 郁さんの「子どもは常にベストを尽くしている」です。
日記には、息子が、おみやげ屋さんでおもちゃを買って欲しいと駄々をこね、まったく言うことを聞いてくれなくて、手に負えなくなってしまった。
子どもとのやり取りにイライラしたり、周囲の視線が気になっていたたまれない気持ちになったりして疲弊した体験が綴られています。
子育てをするなかで大なり小なり、同じような経験はあるのではないでしょうか?
そして、どうすればよかったのかを考えてしまったり、自分の対応が正しかったのか不安になったり・・・。
カフェでおしゃべりしませんか?
自分だけじゃなかったんだとホッとしたり、「そんな見方もあるんだ」と新しい視点に気付けたりします。
気持ちが少し軽くなるきっかけになるかもしれません。
どうぞ、お気軽にご参加ください。
※ 前回までのカフェの様子は、こちらでお読みいただけます。
★★★
こんにちは、神奈川の松下です。
子育てはよく、長い目で見て、と言いますが、その渦中のときは無我夢中すぎて子どもが大きくなった時の姿まで想像はできず、今になって、こんなふうに実を結んだのか!と驚くことがあります。まるで、映画や小説の忘れていた伏線を結末で回収したかのように。
逆に、ここは今ひとつ、伝えきれなかったか、ああ、あの時もっと徹底していれば、とほぞを噛むところもあります。
今回は、娘が成人した今だから分かる、子育ての来し方・行く末を振り返ってみたいと思います。
2026年04月13日(月)
No.775
(日記)
3人目の思春期 3
奈良の清瀬美帆です。
長男の育てづらさ、不登校、順調だった長女も不登校を経験する中で、ハートフルコミュニケーションが掲げる「子どもの幸せな自立」とはどういうことなのか、どうしたらいいのかを試行錯誤しつつ2人の思春期は、ほぼ終盤を迎えて少し落ち着いてきています。
さて、末っ子次男は春から中学2年生。思春期真っ只中。過去の経験から、長男の頃より、自分が整い、俯瞰して見守れるようになってきています。
以前投稿した、YouTubeのショート動画問題、
その1
その2。
共感したり、見守ったり、子どもと一緒にどうなりたいのか考えたり、ショート動画を観ても良い条件を定め、ルールを破ったらショート動画とゲームを禁止する、ここまではOK、ここからは無理という、線引きを定めました。
それでも、約束を守れずにショート動画を観て、生活が乱れたり、学業が疎かになったり、嘘をついたりしてしまいました。
自分でいろんな経験をしたり、考えたり、本人の意思を律するのは困難なくらいにショート動画に依存してしまっています。
本人は困っている様子もないし、問題であることや依存していることを自覚していないどころか気づいてもいない状況です。
次男は小さい頃から、自己主張が強く、泣いたり、怒ったりして我を通そうとしました。末っ子という事もあって、私自身がそんな姿に根負けして、向き合わず、怒ったり、約束事をあきらめたり、曖昧な態度で対応し、次男にふりまわされているようなことが多々ありました。
だから、泣いたり、怒りをぶつけたら、誰かが何とか自分の思い通りにしてくれ、尻拭いしてくれる、自分のした事の責任を引き受けられないという状況を引き起こしていると思いました。
自分に問いました。
子どもの反抗に一喜一憂するのはなんだろうか?
毅然とした状態になれないのは?
私は何を怖れているのか?
2026年04月06日(月)
No.774
(日記)


